話題の本・お薦めの本を、店主の独断でジャンルを問わずに御紹介しています。 (お薦め度は★5個が最高です。) |
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出版社名及び定価等が変わっている場合が有りますので、最新情報を下記のホームページ等で御確認下さい。
本の検索・・・・・・http://www.books.or.jp/
紀伊国屋H.P・・・http://bookweb.kinokuniya.co.jp/
Amazon・・・http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/browse/-/489986/250-5110943-4285014
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刀伊入寇・・・葉室 麟、実業の日本社、1,600円(★★)
寛仁3年(1019年)に、女真族と見られる海賊船団が壱岐・対馬を襲い、更に筑前に侵攻した事件である刀伊の入寇(といのにゅうこう)で刀伊軍と戦った藤原隆家を描いた作品である。
名門貴族の家に生まれ、京で花山院や道長相手に権力争いを繰り返していた隆家は、後に太宰府に下り、やがて九州に侵攻してきた刀伊の軍と戦うことになる。
安倍晴明や清少納言や紫式部などを脇役に配して、資料の少ない時代の出来事を描いた作品であるが、前半の花山院や道長との権力闘争は、スケールが小さく、方法もまるで子供同士の喧嘩のようである。
また後半の、京から下ってきた隆家が九州の武士達を率いて、自らの息子が率いる刀伊を撃退するストーリーも、意外性が少なく、展開が単調過ぎるような気がする。
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銀の島・・・山本兼一、朝日新聞出版、1,900円(★★★)
明治の末期、ザビエルの伝記を書くためにインドのゴアを訪れたひとりの日本人が、フランシスコ・ザビエルについて日本語で書かれた手記を手に入れるところから話は始まる。
その手記を書いたのは、ザビエルから洗礼を受けながら、後にはザビエルの教えに疑念を抱き破門されるにいたる安次郎である。
物語は、布教のために日本にやってきたザビエルと、ポルトガル国王の密命を帯び石見銀山の占領計画を進める軍人バラッタと、その占領計画を阻止しようとする安次郎を中心に進んでいく。
クライマックスは石見銀山に迫り来るバラッタが率いるポルトガルの大艦隊と、それを迎え撃つ安次郎と彼の依頼を受けた倭寇の大海賊王直、と話としてはスケールが大きく面白い作品のはずなのだが、肝心の海戦のシーンの迫力が乏しく、エンターテイメント小説としては今ひとつ面白みがたりなく、せっかくの材料がもったいない気がする作品である。
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哄う合戦屋・・・北沢 秋、双葉社文庫、619円(★★★)
著者は、東大工学部を卒業後長年サラリーマン生活を送った後、本作でデビューした作家である。
単行本刊行当時は和田 竜の「のぼうの城」の2番煎じのような気がして買わずに終わってしまったが、文庫化を機に読んでみた作品である。
話としては、武田と上杉に挟まれながら、いまだに中小の土豪が割拠する中信濃を舞台に、天才的な軍師でありながら、その愚直な性格ゆえに自らに人望が無いことをわきまえ、自分が仕える主人を天下人にすることを夢見る男の話である。
そんな中信濃の土豪のひとりでしかない小領主のもとに流れ着いた主人公の、4千石足らずの領主の領地を、わずか半年で2万石に増やしたその実績と、彼の頭の中にある、
「いずれは武田を討ち、その後に天下を狙う。」
と計画からすれば、一瞬でも、
「ひょっとしたら彼の言う通り、彼の主人が天下を取ることも可能かも?」
思わせる話の運び方が上手く、また領主の娘の性格設定と主人公との微妙な関係の描き方も巧みで、一気に読み終えてしまった。
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忍びの国・・・和田 竜、新潮文庫、552円(★★★)
本書は、ヒット作「のぼうの城」でデビューした著者が、伊賀侵略を狙う織田信雄と百道三太夫率いる伊賀の忍び軍団が戦った「天正伊賀の乱」を背景に描いた歴史小説である。
多彩な登場人物や想像を絶する忍者達の戦い振りといった、えてして荒唐無稽になりやすい題材を描きながら、ときおり古文書の文章を盛り込むことによって、あくまで歴史的事実に基づいた物語であることを読者に納得させさせながら読ませるのは著者の手腕であろう。
久し振りに、ハラハラドキドキの忍法ものの小説を読んだ気がする作品である。
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天魔ゆく空・・・真保裕一、講談社、1,700円(★★★★)
信長に先立つこと約70年、将軍の首をすげ替え、比叡山を焼き討ちし、「半将軍」とも呼ばれながら、遂には家臣の手によって殺された一人の男がいた。
管領家の当主でありながら、修験道に凝り、生涯独身を貫き、稀代の変人と言われたその男が、本書の主人公の細川政元である。
応仁の乱の折に東軍を率いた細川勝元の息子として生まれた政元は、まるで信長の先駆者のような波乱の人生を送りながらも、その人物像は謎に包まれた部分が多い。
また、政元自身が生きた時代も、同じ戦国時代とはいえ、後の信長以降の時代に比べると資料も少なく、定かでない部分の多い時代である。
本書は、その政元を主人公にしながらも、政元自身の視点から語るのではなく、彼の腹違いの姉や、側近や将軍政義の妻である日野富子らの目に映る政元の姿を描くという手法をとっている。
従って、実際のところ政元が何を考えて行動していたのかに関しては、作者自身が本書の中では明らかにはせず、読者の判断にゆだねられている。
その点も含め、読み終わった後に、
「政元や彼の生きた時代に関して、もう少し詳しく知りたい。」
と思わせる書である。
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大和燃ゆ・・・八木荘司、角川書店、上・下各1,900円(★★)
「古代からの伝言」で、日本書紀をノンフィクションの手法で描いた著者が、同じ手法で聖徳太子から天智天皇の時代までを描いた「遙かなる大和」、「青雲の大和」に続く3部作の完結編。
前作の「遙かなる大和」を取り上げた時にこのページで、
「鎌足と中大皇子が国家の改革の理想に燃えて突き進んでゆくという、日本書紀の記述通りの展開で、目新しいところは無く、読んでいて少しも面白さを感じることが出来なかった。」
と書いたが、今回も同様で、日本書紀に描かれてはいるが今日ではその存在すらが疑われている「大化の改新」をそのまま歴史的な事実と見なした上で、中大兄皇子や藤原鎌足を「日本書紀」以上に理想に燃えて改革に突き進む理想的な人物として描いているために、彼等に対する礼賛話ばかりを読まされているような気になる作品である。
それにしても、額田王を大海人皇子から奪う際の中大兄皇子に関して書かれた部分等は、なにもここまで苦しい言い訳を考えることもないだろうに思うほどである。
まあ、これも著者の略歴を知れば当然の事なのかも知れないが。
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あの戦争と日本人・・・半藤一利、文藝春秋、1524円(★★★)
本書は、「昭和史」・「幕末史」の著者が前の大戦に関して語りおろした作品である。
全12章からなるこの作品で、著者は明治から昭和までの時代を語っているのであるが、とりわけ第2章「日露戦争と日本人」において、戦争に勝つ方法と同時に、一番大事な問題として、どうやって戦争を終わらせることができるのかということを真剣に考えていた日露戦争当時の日本の指導者たちと、
「戦争はやってみなきゃ分らないんだ(太平洋戦争開戦当時の永野修軍令部総長の言葉)」
と言い放ち、終戦の方法にいたっては、「ドイツが勝ったらアメリカも戦意を失う、そうすれば終戦出来るだろう。」
という極めて曖昧な形くらいしか考えていなかった太平洋戦争時の指導者達との違いを明らかにしていく。
その理由として著者は、
「日露戦争には、私たちが教訓とすべきところがたくさんありました。しかし、勝ったという一点によってそれを全部消してしまった。そこからなにも学ばないままに、リアリズムを失い、太平洋戦争につき進んで言ったわけです。・・・残されたのは勝利の神話だけです。」
と書いている。
また、第4章の「統帥権と日本人」においては統帥権に関しての自説を展開しているし、第5章の「八紘一宇と日本人」では、明治期の「大政奉還」や「文明開化」、「富国強兵」などの例をあげながら、日本人の四文字七音好きと、その「四文字七音」が、昭和期に入ると「王道楽土」や「万世一系」、「鬼畜米英」などと感性的にも歪(ゆが)んでいく様を指摘し、その挙げ句の「八紘一宇(はっこういちう)」は戦争目的は「誇大妄想的な理想」の典型であると述べている。元マスコミ人のひとりとして著者は、「新聞と日本人」と題した「あとがき」において、
「戦争のキナ臭いがしてくるとハト派はもちろんいることはいますが、威勢の良いタカ派の声の方が高くなるようなのです。特にマスメディアにおいては、断固討つべしのいわゆる”主戦論”が、戦争は不可とする”非戦論”を押しつぶしてしまうというのが、これまでの日本の歴史の示すところであるらしいのです。」
とのべて、幾つかの例をあげている。
このように、本書は「あの戦争」を振りかえる形を取りながら、著者の歴史観がよく表れた作品であるが、同時に昭和史を語る時の著者の基本姿勢のひとつである、
「(太平洋戦争は)戦争を回避しようとした天皇に対し、昭和の軍部と政治指導者がそのよき人柄につけいった戦争である」
という、必ずしも実証されていない著者の昭和天皇観が表れている作品でもある。
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点線のスリル・・・軒上 泊、中央公論新社、1,700円
本書は、1977年に「九月の町」(後に「サード」と改題)で第50回オール讀物新人賞を受賞し颯爽とデビューした後、「べっぴんの町」をはじめとする神戸を舞台にしたアマチュア探偵シリーズなど数々の作品を発表し続けていた著者が、十数年の沈黙を破って書き下ろした作品である。
15歳の少年を主人公にした本作には、還暦を超えてなお瑞々しい著者の感性が随所に表れており、「軒上節」も相変わらず健在である。
帯には、「沈黙を破り、奇才が放つ清冽なミステリー小説」とあるが、ミステリー作品として読んだ場合には、多少ご都合主義的な展開が気になる部分もある作品である。何はともあれ、長い沈黙を破っての「軒上 泊」の復活に喝采である。
※ 著者が知り合いのため★印による評価は控えさせていただきます。
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東京を弄んだ男・・・斉藤貴男、講談社文庫、600円(★★★)
サブタイトルに「『空疎な小皇帝』石原慎太郎」とあるように、本書は石原慎太郎の都知事としての足跡を描いたノンフィクションであるが、単行本化されたのは'03年で、その後’06年にちくま文庫で文庫化されたものである。
今回の文庫化にあたっても内容には大幅な修正は行わず、基本的に当時の原稿をそのまま再録、文庫版の序章とあとがきを加筆した構成になっている為に、帯にあるような「五輪誘致、築地市場移転問題」や「新銀行東京の巨額赤字問題」等単行本化以降の石原都政に関する問題に対しては本文では直接触れられていない。
従って、本書で触れられている内容自体は少々古いものでありながら(また、著者も認めているように「ノンフィクションとしてはいささか不格好」であるにもかかわらず)、それが単行本出版以来10年近くの歳月が過ぎ、彼が都知事選4選目への出馬を決めた今日でも読む価値があるのは、
「権力をバックにメディアに露出し、反論の機会が与えられることもない他者に対する個人的な悪感情を根拠もなく広めることで、大衆を煽り誘導している。」
という彼の姿勢が当時から一貫して変らないからであり、また、
「石原都知事が連日のように繰り返す差別的な言辞が、どういうわけかあまり批判的に取り上げられる事がない」
というマスコミ側の姿勢にも変化がないからである。(今回の東日本大震災に対する「天罰」発言に対するマスコミの態度にも同様な反応が見られるが。)
何はともあれ、我々都民は都議会で質問に立った都議会議員に対し、
「黙って聞け、この野郎。失礼じゃないか貴様!」
と絶叫するような男を長期間わたって都政のリーダーに選び続けているわけである。
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群青に沈め・・・熊谷達也、角川文庫、629円、(★★★)
本書は、'45年の夏に特攻要員に任命された17歳の少年を主人公にした物語であるが、作品中には戦闘場面は一切描かれす、描かれているのは、飛行機に憧れ予科練に入隊しながら、戦闘機不足から練習機の操縦桿すら握る機会のないまま特攻要員に任命された主人公達の訓練の日々である。
特攻要員といっても、練習機の操縦桿すら握ったことのない彼等が配属された先は、貧弱な潜水服を身に着け機雷を持って海に潜り、敵の上陸挺が頭上に差し掛かった時に機雷もろとも敵艦に体当たりする「伏龍隊」という部隊であった。
本書は、主人公の設定や時代背景からすれば「戦争小説」に分類されるのであろうが、来るべき「死」に向き合いながらも日々訓練を続ける少年兵達の姿を、何ら著者の戦争に対する考えめいたものを入れずに淡々と描いた一種の青春小説でもある。
ただ、著者の戦争に対する考えは、「伏龍隊」という勇ましい名前とは裏腹に、当時の戦争指導者達によって考案された余りにも安易で無責任な、また航空機や回天等による特攻等「特攻隊」という言葉に対して一般の人々が持つイメージから見れば一種陳腐にも思える部隊を、本作品の題材に選んだということから明らかであろう。
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一刀斎夢録・・・浅田次郎、文芸春秋社、(上下・各1,600円)、(★★★)
「壬生義士伝」、「和違屋糸里」に続く著者の新撰組を描いた著者の最新作。
今回の作品の主人公は、新撰組の三番隊長を務めめ「鬼」と恐れられた斉藤一であるが、彼はその後も鳥羽伏見、甲州、会津と戊辰戦争を戦い抜き、明治に入ると警視庁に採用され、西南戦争にも従軍し72歳まで生きたと言われている人物である。
本書では著者は、明治帝崩御直後の時代に老体となってしまった彼の元に、剣道の達人である近衛師団の中尉が夜ごと訪れ彼の独白を聞くという形を取っている。
本書の場合、相変わらず「浅田節」は健在で、市村鉄之助の話等泣かせる場面もあるとは言え、主人公の斉藤一が他の大勢の仲間達と比べ長く生きすぎてしまったことや、彼の考え方や感覚が常人とはかなり異なっているゆえに、たとえば「壬生義士伝」の吉村貫一郎ほどには読者の感情移入を許さず、いわゆる「泣かせる物語」とはなっていない。
しかし、嘗ては新撰組の一員として名を馳せ、戊辰戦争の際には賊軍として官軍(薩長軍)に追われた主人公が、明治10年の西南戦争においては政府軍の一員として西郷軍と戦うという展開には、人の運命の不思議さを感じざるを得ない。
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ホーキング、宇宙と人間を語る・・・S.ホーキング&R.ムロディナオ、エクスナレッジ、1,800円(★★★)
「車いすに乗った天才物理学者」と呼ばれ著者の「ホーキング、宇宙を語る」、「ホーキング、未来を語る」に続く著者の最新作。
この本の中で著者は、
「なぜこの宇宙は存在しているのか、なぜ無ではないのか? なぜ私たちは存在しているのか? なぜ自然世界の法則は今あるようなもので、ほかの法則ではないのか?」
といった生命、宇宙、万物についての究極の問いかけに関してに応えようと試みている。
著者は、
「宇宙のグランドデザインとして『M理論』こそが宇宙をつかさどる唯一の統一理論である。」
と結論づけ、さらに、
「宇宙を生成して発展させるのに神に訴える必要はないのです。」
とし、哲学関しても「現代の科学の進歩、特に物理学の進歩についていくことができなくなっています。」
との見解を示している。
そういった著者の宗教や哲学に関する姿勢を含め、この分野に興味のある人にはお勧めの一冊である。
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婢伝五稜郭・・・佐々木 譲、朝日新聞出版、1,600円(★★)
明治2年の函館戦争末期に、官軍によって傷病兵や心を寄せる青年医師を目の前で惨殺された榎本軍の看護婦であった主人公は、惨殺の首謀者である官軍の兵士を殺す。
榎本軍のシンパであったプロシア人の牧場主に匿われた彼女は、彼女の逃亡を助けた恩人を密告し、死に至らしめたもう一人の男をも殺すことになる。
その後追っ手に追われた彼女は、自分の戦いを続けるために、榎本軍の残党が再起を図るために集結しているという樺太に向うことになるのだが、作品を読む限りでは、彼女が戦いを続けざるを得なくなったのが、単なる私情からなのか、はたまた榎本の唱えた「共和国樹立」の夢の為なのかが、今ひとつはっきりとしない。
著者には、「武揚伝」や「五稜郭残党伝」といった函館戦争を描いた作品があるが、それらと比べると、ストーリー展開や読み応えという点では劣る作品である。
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錨を上げよ・・・百田尚樹、講談社、上・下各1,900円(★★)
著者の最新書下ろし作品で、昭和30年に大阪で生まれた男の30歳くらいまでの半生を描いた、上下巻で1,200ページもの長編小説。
実際に自伝的小説であるか否かは別にして、主人公の作田という名前や、同志社大学中退という学歴や、放送作家という経歴等、著者が読者に主人公と自身をダブらせて読むことを意図していることは確かであろう。
作品の長さや、一人称でほとんど会話部分や改行のない叩きつけるような文章にも辟易しながらも読み通したが、途中からのまるで安っぽい劇画のようなストーリー展開にも、主人公の生き方を左右しながらも、最後までエゴイスティックなままで終わってしまう何度かの恋愛に対する態度にも、、どうにも共感や感情移入のしようが無い作品であった。
もっとも、この種の作品は読む人によって評価が分かれるのは当然であるが、だからといって、
「『永遠のゼロ』をはるかに凌ぐ感動!だれも二度と出会えない大傑作」
という帯の文句は、明らかにやりすぎだと思われる。
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輝く夜・・・百田尚樹、講談社文庫、476円(★★★)
デビュー作である「永遠の0」がベストセラーになった著者の第2作。(原題は「聖夜の贈り物」)
どのような経緯でこの作品が著者の第2作になったのかは、解説の中でも触れられているが、本作品集は、著者自身が編集者に語った、
「日頃はつらい思いをしている女の子にも夢みたいな報われる日があってもええやないか、って話なんや。」
という通り、クリスマスイブの夜を舞台にした若い女性達が主人公の5編の短編からなっている。
5編の短編はそれぞれ、著者自身の「希望のある話を書きたい。」という思いに沿った作品に仕上がっている。
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天智と持統・・・遠山美都男、講談社新書、740円(★★★)
著者は本書の冒頭において、本書のタイトルが何故「天武と持統」ではなくて「天智と持統」なのかに関して、
「それは、持統がその最晩年において、夫である天武より父天智天皇のほうを殊更に称揚し、さらに天智との繋がりを意図的に強調しているという事実に着目するからである。」
と述べている。
確かに持統天皇の行動には、天武の妻としてより天智の娘としてその行動を理解した方が分かりやすい面が多々あるという意見には同意するが、それには天武の在世中は一切歴史の表に登場しないのに、持統天皇のもとで急速に権力を一手に握っていった藤原不比等の存在が大きく関わっているように思われる。
本書でも、その辺のことをもう少し突っ込んで欲しかったような気がする。
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忍び外伝・・・乾 緑郎、朝日新聞社、1,500円(★★★)
’10年8月に発表された「朝日時代小説大賞」受賞作で、天正伊賀の乱の時代を背景に、百地丹波配下の下忍の姿を通してその時代の伊賀の姿を描いている。
著者の略歴によれば、この作品がデビュー作のようであるが、文章力や作品の構成力があり、読んでいる間は面白く一気に読めたのであるが、読み終わった瞬間に「何かひと味たりない」ように感じた。
その原因は、この作品で著者が徹底して伝奇的手法にこだわり抜いた点にあるのだと思われるが、逆にそのこだわりが選者達の圧倒的な支持を集めた理由かも知れない。
その意味で、好みの別れる作品であるかも知れない。
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出雲大社の暗号・・・関 裕二、講談社、1,500円(★★★)
在野の古代史研究者である著者の著作は、このページでもこれまでも何度か取り上げてきたが、本書はその著者が、
「出雲ではなぜ、すべてが逆なのか。なぜ巨大なのか。現在も出雲大社の祭祀を司る『出雲国造家』とは。」
といった出雲をめぐる謎に迫った書である。この本でも、著者独自の歴史観の上に立った推論に推論を積み上げていく中で、いつの間にかその推論自体が事実であるかのように取り扱う著者の姿勢は相変わらずであるが、元もとこの種の本は、著者による古代史ミステリーの謎解きを楽しむ為に読む本であり、そういう意味では大胆な仮説を掲げることが難しいアカデミズムの世界の学者の著作とは種類の違う読み物として読むべきであろうと思うが、巻末の著作目録に挙げられている著者の著作の膨大さが、このジャンルのファンの多さと、著者がこのジャンルの第一人者であることを現わしているように思える。
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実朝の首・・・葉室 麟、角川文庫、667円(★★★)
鶴岡八幡宮の境内で、甥の公暁によって殺された鎌倉幕府の三代将軍実朝の首が忽然と消えたという「吾妻鏡」の記述を元に書かれた歴史小説。
鎌倉時代の初期は、幕府を開いた源頼朝の一族がほとんど殺され、源氏系の将軍は3代で絶えてしまうなど、血で血を洗う抗争が多い時代であり、それだけにこの時代の一部を切り取って描くことは難しい作業であるが、本書では実朝が甥の公暁に暗殺された時から「承久の変」までの時期を背景に、実朝の首をめぐる騒動を、鎌倉幕府側、京都の朝廷側に加えて、先の和田合戦で滅亡したはずの和田一族の残党という三つの勢力の駆け引きという形で描いている。
実朝暗殺事件の黒幕としては、従来から豪族の三浦義村や執権の北条義時らの名が挙げられることが多いが、本書で著者は黒幕に関しても、もう一ひねりしている。
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親鸞と道元・・・五木寛之、立松和平、詳伝社、1,500円(★★★)
親鸞の思想に関する著作も多く、小説「親鸞」を書いた五木寛之と、10年の歳月をかけて小説「道元禅師」を書いた立松和平の両氏の対談集。
'09年3月から始められたこの対談は、まだまだ続く予定であったが’10年2月の立松氏の急逝により終わりを告げた。
対談の中で両氏は、「自力の道元」と「他力の親鸞」と、ともすれば対極的に語られることの多い、ほぼ同時代を生きた二人の宗教家の思想の相違点と共通点を探ろうとしている。
本書の中で、本来は自力といわれる道元の側の立場での発言者である立松氏は、
「自力、他力と一言で言うけれども、自力の仏教というのは、実はないと思っています。仏教はみんな他力ですよ。たとえば道元にしも、『仏の家に身を投げ入れる』というのは、究極的な他力の言葉だと思うんです。」
と述べているが、彼のこのこの基本的な姿勢は本書を通じて一貫しているように思われる。
もしこの対談がその後も続いていた場合は分からないが、本書を読んだ限りの感想では、
「和気藹々なのもいいが、せっかくの両氏の対談なのだから、もう一歩突っ込んだ話もして欲しかったな。」
との思いが残る内容であった。
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桜田門外の変・・・吉村 昭、新潮文庫、上巻552円、下巻590円(★★★)
1860年に起きた大老井伊直弼暗殺事件を、襲撃現場の指揮者である元水戸藩士関 鉄之介を主人公にして描いた長編歴史小説。
「桜田門外の変」自体は、歴史の教科書では僅か数行の記述で終わっている事件であるが、多くの歴史的な事件がそうであるように、この事件の背後にも複雑な時代背景や、大勢の人物達の様々な思いや考えが横たわっている。
従って本作品では著者は、「桜田門外の変」自体を必ずしも作品中の最大のハイライトシーンとして描くのではなく、大老暗殺に至るまでの水戸藩や主人公達の動きや、暗殺実行後の主人公達の姿を綿密な調査を元に長々と描いている。
あとがきの中で著者は、
「小説の主人公を襲撃現場の指揮をとった関鉄之介にしたのは、鉄之介に多くの日記が遺されていることを氏(吉田常吉氏)に教えていただいたからだが、その事件のすべてに直接ふれているかれを視点に据えたのは正しかった、と今でも思っている。」
と書いているが、物語の後半部分を占める主人公の逃亡生活の足取りの事細かな描写は、鉄之介の日記の存在無しにはありえなかったであろう。
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歴史探偵 昭和史をゆく・・・半藤一利、PHP文庫、619円(★★★)
本書は1995年にPHP文庫から出版された文庫本が本年復刊されたもので、紀伊国屋書店のみの限定販売である。
内容的には昭和3年の張作霖爆殺事件、昭和6年の満州事変から日中戦争を経て太平洋戦争に至る道のりの中で起こった昭和史上の幾つかの出来事が(最後の方の数章は、戦後の話であるが)、それぞれの章に分かれて書かれていて、随所に見られる歴史探偵らしい著者の見解が、一種の謎解きのような楽しさを味合わせてくれ、昭和史をよく知らない人が読んでも、それなりに面白く読めるように仕上がっている。
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マンチュリアン・レポート・・・浅田次郎、講談社、1,500円(★★)
「蒼穹の昴」・「「珍妃の井戸」・「中原の虹」に続く著者の「蒼穹の昴」シリーズの最新刊。
昭和3年に起きた関東軍による張作霖爆殺事件の真相を知りたいと願った昭和天皇の望みで、陸軍刑務所に服役中の主人公である陸軍中尉が真相の解明のために単身中国に派遣される、という奇想天外の設定自体は、小説の内容自体がその不自然さが問題にならないくらいに面白ければ良いのだが、本作はそうはなっていない。
彼が昭和天皇に送る報告書自体が、目新し事実もないありふれた内容で、読み終わった後も、
「特殊な情報収集能力もない人間の調査結果としてはこれくらいのものかも知らないが、それでは、著者は何故わざわざ昭和天皇ともあろう人物が、彼を刑務所から出してまで中国に調査に行かせるという無理かなり設定までしてこの作品を書いたのだろう。」
という疑問が残る作品である。
まあ、この作品はひとつの作品として読むよりは、張作霖を描いた「中原の虹」(全4巻)の別巻として読むべき本なのかも知れない。
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風の陣(裂心編)・・・高橋克彦、PHP研究所、1,800円(★★★★)
本書は、著者が17年にわたり書き継いできた「風の陣」シリーズ5部作の完結編である。
「風の陣」シリーズは、8世紀の東北地方で蝦夷を虐げる朝廷側に立ち向かう蝦夷のリーダー伊治呰麻呂(これはるのあざまろ)を主人公にした長編歴史小説で、本編では遂に朝廷側に対する決起に向う主人公の姿を描いている。
「風の陣」シリーズは、伝説的な蝦夷の英雄「阿弖流為」(アテルイ)を主人公にした小説「火怨」や、11世紀半ばの「前九年の役」から12世紀末の奥州藤原氏の滅亡までの150年の間に、陸奥の地に「楽土」を築き上げようたした男達の闘いとロマンを描いた長編歴史小説「炎立つ」へと連なる作品なので、完結編であるこの「裂心編」の刊行を機会に、5部作全部を読み通してみるのも面白いかも知れない。
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銀狼王・・・熊谷達也、集英社、1,400円(★★)
開拓期の北海道を舞台に、「銀色の毛並みの巨大な狼」を追う老猟師の5日間の姿を描いた作品。
ただ、ある種の執念を持って目的の獲物を追う猟師の姿というのは、これまでも数多くの作品で取り上げられているありきたりのパターンであり、肝心の猟師と狼の知恵比べも、帯にある「獣と人間の枠を超え、魂と魂が激突する」という文句ほどにはワクワク、ドキドキさせられるほどではない。
また、傷ついた狼の連れ合いの雌狼を囮に、獲物をおびき寄せようとする猟師のやり方に素直に同意するには、猟師の獲物に対する執念や復讐心のようなものも薄いような気がする。
要するに、元もとこれだけの内容で一冊の本にするのには無理があったように感じられる作品である。
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新徴組・・・佐藤賢一、新潮社、2,000円(★★★)
「新徴組」とは、元を「新撰組」と同じく清河八郎が結成した浪士組に発し、庄内藩預かりの身になってからは江戸市中の警護にあたり、後には庄内兵として戊辰戦争を戦うことになった、もう一つの「新撰組」とも言える組織である。
本書は、「新撰組」の沖田総司の義理の兄で「新徴組」の隊員であった沖田林太郎を主人公に、著名な「新撰組」に反して、その存在自体が忘れ去られようとしている「新徴組」の軌跡を描いた作品である。
そして、「新徴組」の軌跡を描くことは、同時に戊辰戦争における会津藩の奮戦振りに比して注目を浴びることが少なかった、最新式の洋式部隊を有した庄内藩の戦略や怒濤のような戦い振りを内部から描くことにもなっている。
いわばこの作品は、西洋歴史小説の旗手である著者が描いた「もう一つの幕末史」とも言える作品である。
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絵はがきにされた少年・・・藤原章生、集英社文庫、600円(★★★)
本書は、1995〜2001年に毎日新聞社の駐ヨハネスブルグ(南アフリカ)特派員として、アフリカ各地を取材した体験を元にオムニバス形式で綴られた11編の物語からなるノンフィクションで、第3回「開高健ノンフィクション賞」の受賞作である。
本書のあとがきの中で著者は、表題作である「絵はがきにされた少年」についてこう語っている。
「『絵はがきにされた少年』というと、絵はがきにされてしまったアフリカの可哀想そうな少年、ひいては、搾取されるアフリカ、ただ奪われ、見られるだけの貧しいアフリカ大陸というイメージを抱く方がいるかも知れない。だが、そういう物語ではない。むしろ、哀れな人々という目で見ていた筆者の先入観が次第に崩れていき、アフリカの主人公たちは、受け身というよりも、より主体的な人々であることに気づかされる話といえる。
それなら、『絵はがきになった少年』、『絵はがきの少年』でもいいのだが、あえて『された』という題にしたのは、後に崩れてゆく私の先入観の方をタイトルにしたためだ。」
と書いているが、本書の中で著者が試みているのは、様々な事例を取り挙げながら、アフリカ=「貧しくて遅れてい→かわいそうで不幸」という、アフリカに対するステレオタイプ的な見方の否定である。
また、冒頭の「あるカメラマンの死」は、切り取られた断片的な情報が持つ、ある種の危険性を鋭く描き出した作品である。
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明日香を動かした男・・・坂戸直行、芦書房、1,500円(★★)
本書では中大兄皇子と中臣鎌足が、宗主国である百済からの独立をもくろむ蘇我入鹿(鞍作)を討ったのが乙巳の変であり、中大兄皇子は元は百済の皇子であり、鎌足は百済の大臣であったということになっている。
また大海人皇子は元は新羅の王族ということになっているが、この辺りの設定は古代史を舞台にした小説としては別に目新しいものではないし、フィクションである限り(歴史的事実かどうかは別にして)設定は自由である。
ただ問題は、せっかくそういった設定によって描かれている本書の内容が小説として余り面白くないことである。
文章も決して上手くはない上に、説明的な内容が多く、読んでいて物語の展開に引き込まれていかないのである。
1930年生まれの著者は、長年民間企業の技術者として勤め上げた後に、この小説を執筆されたようだが、古代史に対する造詣は深くとも、それを小説で表現するにはそれなり構成力と文章力が必要であろう。
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青雲の大和・・・八木荘司、角川書店、上・下各1,800円(★★)
本書は、産経新聞に連載された小説を単行本化した作品である。
上巻では、中大兄皇子を戴いて蘇我氏を滅ぼし国家の改革に乗り出す中臣鎌足を主人公に、また下巻では遣隋使小野妹子に従い留学生として隋へ留学し、30年余りの中国滞在の後に帰国後、大化の改新の後に鎌足によって新政府の国博士に任じられ、後に遣唐使の押使として唐に赴き長安で客死することになった高向玄理を主人公に物語は進んでゆく。
ただ、物語自体は(特に上巻は)、鎌足と中大皇子が国家の改革の理想に燃えて突き進んでゆくという、日本書紀の記述通りの展開で、目新しいところは無く、読んでいて少しも面白さを感じることが出来なかった。
もっとも、以前この著者の本を取り上げた時にも書いた事だが、日本書紀の面白そうな部分を取り上げて、それを現代文で小説のような構成にすれば、面白い読み物になるのは当然であるので、そういう意味では本書のストリー展開を面白いと感じる読者もいるのかも知れないが。
また下巻も、日本が朝鮮半島の宗主国であり、唐と日本が対等の関係である事を前提に物語が進んでゆくが、(日本側がどう思おうとも)唐の方がそう思うはずがない、という点で不自然さが目に付きついた作品である。
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太平洋戦争、七つの謎・・・保坂正康、角川書店、705円(★★★)
昭和史研究の第一人者である著者が、各地で行なった講演から、太平洋戦争を見つめるときの忘れられた視点、今こそ知っておかなければならない見方などの共通したポイントを七つに絞ってまとめた書。
講演をまとめた内容ゆえに分かりやすく書かれているが、それでも例えば第一章の「誰が開戦を決めたのか?」の中では、
「太平洋戦争の開戦がわずか9人のメンバーで決定され、そのメンバーの全員が官僚である。」
とされ、
「太平洋戦争を語る時は官僚論をやらなければならない。つまり、官僚論をやらなければ太平洋戦争の開戦は分析出来ないということなのだ。」
と鋭く指摘されている。
その他の章でもそれぞれに、あの戦争を考える時に知っておかなければならない内容が扱われている。
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再会・・・横関 大、講談社、1,600円(★★)
本年度(第56回)の江戸川乱歩賞受賞作。
殺人事件に23年前に起きた事件を絡ませて展開させていく物語には引き込まれる部分もあるが、巻末の選評でも指摘されているように、メインのトリックや犯人の行動にかなり苦しい部分があり、ストリー展開的にもかなり御都合主義的な面も目立つ作品であり、読後にすっきりとしない部分が残る作品である。
選評によると、著者の作品が乱歩賞の最終選考に残るのは今回で四度目らしいが、今回の作品での受賞は、これまでの努力も含めた意味での授賞と言うことなのだろうか。
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独り群せず・・・北方謙三、文春文庫、667円(★★★)
「大塩平八郎の乱」を描いた著者の「杖下に死す」の続編とも言える作品で、かつて大塩平八郎の息子格之助の心の友であり、乱を機に武士を捨てて、料亭の隠居として生きる主人公の乱から20年余りの歳月を経た後の姿を描いた「船橋聖一文学賞」授賞作品。
著者の時代小説には珍しく、市井の人々の日々の姿や料理の話などが詳しく書かれているが、それが小説の味となっている一方で、著者の時代小説になじんだ読者には、物語の展開にやや物足りなさを感じさせる内容である。
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ふたつの枷・・・古処誠二、集英社、1,500円(★★★)
1970年の生まれにもかかわらず、一貫して太平洋戦争を舞台にした作品を書き続ける著者の最新短編集。
本書には、戦争末期のニューギニア、ビルマ、サイパン、フィリピンを舞台にした4編の短編が収められているが、どの作品にも派手な戦闘場面はなく、ひたすら一兵士の視点から現地の住民や負傷兵の姿や自分自身の内面を丹念に描いた作品であり、それが却って戦争末期のこれらの地域で繰り広げられた戦いの実像を描いているような気にさせる作品である。
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マルガリータ・・・村木 嵐、文藝春秋、1,500円(★★★)
本作品で第17回松本清張賞を授賞してデビューした著者は、故司馬遼太郎氏夫人の個人秘書を務める人物である。
本書の主人公は、1582年に九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年を中心とした使節団(いわゆる「天正遣欧少年使節」)の一員であった千々石ミゲルである。
4人の少年達が8年後に帰国した時に、待ち受けていたのは切支丹の禁教令である。
他の3人が、禁教の嵐が吹き荒れる中で、道半ばで倒れたり、国外に追放されたり、拷問の末に殉教していく中で、何故ミゲルだけが信仰を捨て、切支丹達の憎悪を一心に浴びながら生きる道を選んだのか?
この作品で著者は、そうしたミゲルの苦悩の人生の謎を彼の妻の視点から描いた作品であり、その教えを信じる者に対して、時として殉教という名の死にまで強いた、当時の日本における切支丹の信仰の問題点を衝いた作品である。
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一週間・・・井上ひさし、新潮社、1,900円」(★★★★)
今年4月に亡くなった著者の最後の長編小説で、昭和21年のシベリアを舞台に、ソ連軍によって抑留された日本人の主人公の身に一週間の間に起こった出来事を描いた作品である。
シベリヤ抑留という重くて暗いテーマを描いた作品でありながら、レーニンの手紙をめぐる主人公と当局者達との間で繰り広げられる、時には喜劇的な要素を含んだやりとりなどによって、面白く読むことの出来る作品に仕上がっている。
しかし、作中に散りばめられた様々な言葉から、作者の目が、国際法に違反して旧日本軍兵士を抑留し強制労働に従事させたソビエト政府当局や、満州在住の日本人を見捨てた関東軍や日本政府、収容所内に旧軍隊の体制をそのまま持ち込み、多くの下級兵士に過酷な犠牲を強いた将校達の姿をしっかりと見据えている事が分かる。
要するに著者は、問題の核心が曖昧なままに、今や歴史の闇に消え去ろうとしている、日本軍の将兵達だけではなく、民間人、満蒙開拓青少年義勇軍の10代の若者などを含め、60〜70万人の人間がシベリア各地に設けられた収容所に入れられ、酷寒の地で、餓えと厳しい労働によって約1割の人間が死んでいったと言われるソ連軍による違法な強制連行の悲劇「シベリア抑留問題」の本質をしっかりと捉えているのである。
ただ惜しむらくは、本作品は連載終了後、著者による加筆修正後出版される予定であったのが、著者の逝去によって加筆・修正がなされないままに刊行されたためか、ストーリー展開的に多少不自然な部分が見られる事である。
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終わらざる夏・・・浅田次郎、集英社、上下各1,700円(★★★★)
著者が自らが、
「この小説を書いて世に出す、いまがぎりぎりのタイミング。第二次世界大戦が『歴史』になってしまう前に、この小説を書きたかった。」
と語る、着想から30年の歳月を経て書かれた作品である。
太平洋戦争の末期、本来なら招集されるはずがない3人の男達に召集令状が届いた。
彼等が連れて行かれたのは、千島列島の最北端のにある占守(シュムシュ)島という名の島であった。
カムチャッカ半島と目と鼻の距離にあるその島では、日本がポツダム宣言を受諾して戦争が終結した後の8月18日に、突然ソ連軍が上陸し、日本軍守備隊の間で戦闘が起こった。
本来なら届くはずのない赤紙、起こるはずのない戦闘、あるはずの無かった死。
時代の流れに翻弄され、戦争という理不尽な行為の中でも、もっとも理不尽な戦いの中で死んでいった者達や、彼等を取り巻く人々の姿を描くことによって著者は、戦争というものの持つ虚しさや愚かしさを鋭くえぐり出している。
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泥の蝶・・・津本 陽、幻冬舎、1,500円(★★★)
副題に「インパール戦線 死の断章」とあるように、本書は太平洋戦争の中でももっとも悲惨を極めた「インパール作戦」の戦場の様子を描いた作品である。
昭和19年(1944年)3月から開始された「インパール作戦」は、杜撰な作戦や弾薬や食料の補給もままならない状況の中で、最前線にいた兵士達のほとんどが戦死または「白骨街道」と呼ばれる悪路を敗走する中で餓死したといわれている戦いであるが、本書ではそのような過酷な戦場の中で戦い散っていった兵士達の姿を描いているが、「断章」とある通り、各章を通じた主人公が存在せず、感情移入がしにくい作品である。
尚、インパール作戦は日本軍参加将兵約8万6千人のうち戦死者3万2千人余り、戦病者は4万人以上(そのほとんどが餓死者であった)を出し、7月1日に中止されたが、兵士達をそのような状況に追い込んだ責任者である当時の司令官であった牟田口廉也中将は、戦後も作戦の失敗が自らの責任ではなかったことを繰り返し主張し続けた。
本作品の最後に、
「国家機能を動かす者の資質が劣悪であるとき、国民が塗炭の苦しみを味わうことになる事実が、六十余年前の大戦で証明されたことを忘れてはならない。」
とあるが、それはひとり六十四年前の牟田口中将のみの事ではなく、現在にも通じることであるのはいうまでもないことであろう。
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風の中のマリア・・・百田尚樹、講談社、1,500円(★★★)
日本、中国など東アジアに分布するオオスズメバチのワーカー(ハタラキバチ)は、攻撃力が極めて高く、その毒針は大型の哺乳類すら死に至らしめることがあるが、寿命は僅か約30日ほどである。
本書は、そのオオスズメバチのワーカーであるマリアを主人公にした小説である。
主人公であるマリアは、女王バチが率いる帝国と彼女の妹達を守り育てるためにせっせと狩りに出て、獲物を巣に持ち帰るという日々を送っている。
やがて秋の深まりとともに、帝国の終焉の日が近づいてくる。
擬人化された主人公の達の行動や会話によってオオスズメバチの生態や、彼等を取り巻く自然界の様子が活き活きと描かれ、思わず引き込まれて読み切ってしまった。
ただ作品的には、ハチ同士の会話にゲノムという単語が度々出てきたり、ゲノムの共有率を説明する図が出てきたりと、小説というよりは、小説という形式のを借りてオオスズメバチの生態を描いた作品という側面の方が強い気がする作品である。
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影法師・・・百田尚樹、講談社、1,600円(★★★)
特攻隊の零戦乗りを描いたデビュー作「永遠の0ゼロ(ゼロ)」や高校ボクシングの世界を描いて映画化もされた作品「ボックス」などの著者が初めて挑んだ歴史小説。
下士の出身ながら異例の出世を果たし、筆頭国家老にまでなり20数年にわたる江戸での勤めを終えて帰国した主人公は、刎頸の友の契りを交わしたかつての竹馬の友が不遇な境遇の中で死んでいった事を知る。
少年の頃に、学問でも剣の道でも自分よりはるかに秀でていた友が、何故不遇な境遇に身を置かなければならなかったのか?
途中から話の筋はある程度読めてくるし、話自体に出来すぎの観もある内容なのだが、それでも引き込まれて読んでしまうのは作者の力量ゆえであろう。
最後まで読み終えて、改めてタイトルのもつ意味を再認識させられる書である。
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早雲の軍配者・・・富樫倫太郎、中央公論新社、1,700円(★★★)
本書で著者は、後北条氏の忍者集団風摩一族の頭目である風摩小太郎を、忍者ではなく軍配者(一種の軍師)として登場させ、その小太郎の若き時代を描いている。
北条早雲に見いだされた孤児の少年小太郎は、早雲の孫である千代丸の将来の軍配者になるために軍配者の養成学校である足利学校に送られる。
その足利学校で小太郎は友人であり生涯のライバルともなる2人の人物に出会う。
早雲の死後故郷に戻った小太郎は、その後は北条氏の軍配者への道を歩むことになるのだが、軍配者になってからの彼や彼のライバル達の話をもう少し描いても良かったような気がするが、
「ひょっとすればそれは続編という形で出るのでは・・・。」
と思わせる書である。
また、蛇足ながら山本勘助の成り代わりの部分等にも、設定に少し無理がある気もした。
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天地明察・・・沖方 丁、角川書店、1,800円(★★★★)
本書は著者初の時代小説で、2010年本屋大賞第一位及び吉川英治文学新人賞受賞作で、江戸時代の初期に、日本人の手による初めての暦を作るという夢に生涯を賭けた渋沢春海の生涯を描いた作品である。
囲碁をもって幕府に仕える家に生まれた主人公は、算術や天文学に興味を持ち、数々の困難や挫折を乗り越えて20年以上におよぶ奮闘の末に、旧来の暦の誤りを正し、初めて日本人の手による暦を完成させるのであるが、本書を読んで初めて当時の社会における暦というものが持つ意味の大きさが少し分かったような気がする。
また、主人公の暦制作を後押しする水戸光圀や大老・酒井忠清や和算の開祖関孝和等々の登場人物も多彩で、それぞれ魅力的に描かれているので、読み始めると一気に読み通したくなる作品である。
夢を持ちにくい時代故に、主人公の木訥にひたすら夢を追う生き方が読者の共感を呼ぶのであろう。
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葬られた王朝・・・梅原 猛、新潮社、2,200円(★★★)
法隆寺の謎を追った「隠された十字架」や、柿本人麻呂の死刑説を唱えた「水底の歌」の著者が本書では、
「ヤマト王朝の成立以前に、スサノオやオオクニヌシらの出雲王朝がこの国を支配していた」
との説を展開している。
また本書の中で著者は、かつて自らの著書「神々の流竄(るざん)」で展開していた、
「出雲神話は、出雲で成立した神話ではなく、大和の先住民の伝承が、8世紀の律令国家形成期に、ある政治的意図をもって出雲に置き換えられ、古事記・日本書紀に収録された。」
との論を自ら否定している。
こういった姿勢や、出雲王朝の存在や、藤原不比等が古事記や日本書紀の成立に大きく関与したという部分は肯定出来るとしても、推論に推論を重ねるやり方で、
「稗田阿礼すなわち藤原不比等と断定して差し支えないと私は思う。」
というような結論を導き出している部分には些か疑問を持たざるを得ない。
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ソルハ・・・帚木蓬生、あかね書房、1,400円(★★★)
題名の「ソルハ」とは、アフガニスタン・ダリ語で「平和」を意味する言葉である。
本書は精神科医でもある著者が、戦乱の続くアフガニスタンの首都カブールに暮らす少女ビビを主人公に描いた物語である。
1989年のソ連の撤退後、政権を握ったタリバンの元では、女性は単独での外出を禁止され、ブルカというベールの着用が義務づけられ、さらに女性の教育や労働も禁止された。
本書では、そのような環境で暮らす主人公ビビの5歳から15歳までの生活が描かれている。
少年・少女用に分かりやすく描かれた作品のようであるが、年代に関係なく読まれてしかるべき本である。
また、巻末にはアフガンの苦悩の歴史を紹介するページがある。
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戦争の世紀を超えて・・・姜 尚中・森 達也、集英社文庫、724円(★★★★)
政治学者である姜 尚中とノンフィクション作家である森 達也の「戦争の世紀」をテーマにした対談集。
本書には、「その場所で語られるべき戦争の記憶がある」とのサブタイトルが付けられているが、そのタイトル通り本書の中で二人は、ポーランドのイエドヴァブネ(第2次世界大戦中に、ポーランド人の村民が同じ村に住んでいたユダヤ人を大量虐殺するという事件があった村)やアウシュビッツ、東京裁判の法廷ともなった市ヶ谷記念館、朝鮮半島の38度線などの戦争の痕跡の色濃い場所を訪れながら、
「なぜ人類は戦争をやめられないのか。なぜ人はこれほど残虐なことができるのか。」
という視点から討論を重ねている。
もちろん二人は、
「自分達の生きている間にこの世界から戦争がなくなる事はないだろう。」
ということは十分承知の上で、戦争の世紀を越えることの可能性を追求し続けているのである。
本書は04年に講談社から単行本として刊行されたが、今回の文庫本化にあたり全編に大幅な加筆をした上に、09年に広島で行なわれた対談も収録している。
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火城・・・高橋克彦、文春文庫、705円(★★★)
後に日本赤十字社を設立することになる、佐賀藩士佐野常民の前半生を描いた歴史小説。
幕末期に鍋島閑叟が藩主であった備前佐賀藩は、藩校の弘道館から後に明治政府で活躍する江藤新平や大隈重信や副島種臣等を輩出したが、それと同時に蘭学の修得にも力を注いだ藩であった。
そうした中で、京都や江戸で蘭学を修めた常民は、藩外からも人材を招き蒸気機関の制作に取り組むなど、新技術をもって佐賀藩やひいては国の役に立つことを志す。
巻末で著者は
「この佐野常民との出逢いがなければ、もしかすると私は歴史小説を書かずに終わっていたかも知れない。」
と書いているが、その意味では「炎立つ」や「火炎」、「風の陣」などの、その後の著者の一連の歴史小説の原点に位置する記念碑的な作品である。
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新・雨月(戊辰戦争朧夜話)・・・船戸与一、徳間書店、上・下各1900円(★★★)
鳥羽伏見の戦いから「奥羽越列藩同盟」の瓦解から会津藩降伏までの戊辰戦争を描いた歴史長編小説。
戊辰戦争について書かれた小説は数多いが、本書は著者らしく滅びる側の「奥羽越列藩同盟」の長岡藩や会津藩サイド側から見た戦いの歴史であり、また実在の人物に加え長岡藩の家老河合継之助に心酔した元博徒と、長州藩の間諜の男を登場させることにより、庶民側の視点をも加えて戊辰戦争を描いた作品に仕上がっている。
終章に本書に登場した主要人物のその後が簡単に記されているが、官軍側の人間はともかく「奥羽越列藩同盟」諸藩の人物達のその後の姿には、短い記述の中に時代に翻弄された人物達の姿が描かれているように感じられた。
※ 著者の時代小説では「蝦夷地別件」(新潮文庫上・中・下)がお勧めですが、現在書店での入手は難しそうです。
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ユング心理学と仏教・・・河合隼雄、岩波現代文庫、1,000円(★★★)
本書は、日本のユング心理学の第一人者であった著者の「河合隼雄<心理療法コレクション>」シリーズ(全6巻)の第5巻として刊行されたものであり、世界トップクラスのユング心理学者が行うフェイ・レクチャーに日本人として初めて招聘された著者が行った講演の内容を収録した本である。
その講演で著者は、極めて合理的な西洋的な考え方に共感を抱いて留学を果たした自らが、どのようなプロセスを経て仏教に興味を持ち出したのかや、心理療法と仏教との関わりについて論じている。
講演の中で、
「ヨーロッパの近代では、ものごとを『分ける』意識の作用を評価しそれを洗練させていたのに対して、仏教ではむしろ逆に、ものごとの区別を取り払う意識を洗練させる方向に努力しました。したがって、人間の独自性を考える際に、西洋における個性とは異なる考え方が仏教においてはあるべきです。しかし、それは『individuality』という単語では表せません。」
と述べる著者は、講演の最後の「人間の科学」という部分で、
「私は自分の考えていることを、『人間の科学』として提示してきましたが、あんがい、人間も物も区別することなく、全体をカバーする新しい科学が生まれ、それは限りなく宗教に接近してゆく、そして、その際に私が述べました華厳などの仏教の考え方が役立つのではないかと、予感しています。」
と述べている。
こういった分野に興味のある方にはお勧めの本である。
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氷結の森・・・熊谷達也、集英社文庫、857円(★★★★)
「相克の森」・「邂逅の森」に続く森(マタギ)3部作の完結編。
今回の主人公は日露戦争に従軍した元マタギの男である。
ある事情から故郷を捨てた彼は樺太に渡り流浪の生活を送る。
ある男に追われている彼は,遂に樺太から国境を越えて氷結の間宮海峡を渡り革命に揺れるロシアへと渡る。
そして極東の港町ニコラエフスクで彼は、日本のシベリア出兵中の1920年に起こった尼港事件(シベリヤのパルチザン部隊がニコラエフスクに住む在留邦人700人をほぼ全員虐殺した事件)に遭遇する。
その辺りの展開によって、この作品が従来の著者のマタギシリーズの作品には見られなかったスケールの大きな作品に仕上っている。
解説によると、この作品のために著者は厳冬期に3000kmにおよぶシベリヤ取材を敢行したそうであるが、そうした著者の体験が、作品の随所に見られる極寒の樺太やシベリヤの描写にある種のリアリティを与えていると感じられる作品である。
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がん6回 人生全快・・・関原建夫、講談社文庫、648円(★★★)
本書は、日本興業銀行のニューヨーク駐在員であった39歳の時に大腸癌を発症し、その後肝臓や肺への転移で6回の手術を受けながらも銀行員生活を続け、遂にはみずほ信託銀行の副社長にまでなり「奇跡の患者」と呼ばれた著者の闘病記である。
働き盛りの40・50代の25年間を「癌」と「心臓病」と戦いながら仕事を続けた著者の精神力の強さに感心すると共に、そのような著者を閑職に回さずに最前線で普通に仕事をさせ続けた(もちろん本人の希望によってであるが)、興銀側の対応も立派である。
尚、著者は現在「財団法人日本対がん協会」の常務理事を務めている。
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白い航跡・・・吉村 昭、講談社文庫、上・下各581円(★★★)
脚気の予防法を確立し後に「東京慈恵会医科大学」を創立した高木兼寛の生涯を描いた長編小説。
主人公である高木兼寛は薩摩藩の軍医として戊辰戦争に従軍後、西洋医学を学びやがて海軍の留学生としてイギリスに渡り最新の医学知識を得て帰国した。
その後彼は、当時陸・海軍軍人の病死の最大の原因であった脚気の予防法を確立するが、彼の唱えた「食物原因説」は、ドイツ留学から帰国したばかりの陸軍軍医森林太郎(鴎外)の唱えた「細菌原因説」と真っ向から対立することになった。
主人公が唱えた「食物原因説」にのっとって食事を改善した海軍では、脚気による死亡者はほとんど姿を消すが、森が主導権を握っていた陸軍では「細菌原因説」を信じ続け、食事の改善をなさず多数の死者を出し続ける。(日露戦争においては、戦死者47,000に対して、 脚気による戦病死27,800 名で、脚気患者に至っては21万人余りという惨状であった。)
文学者としては一流の森鴎外も、医者としては陸軍軍人の脚気による被害を放置した責任者のひとりということになる。(尚、森は生涯自らの過ちを認めようとはしなかったのである。)
資料の少ない人物を主人公にしたせいか、途中に主人公とは直接関係のない単なる歴史的な事実を書き連ねただけの箇所が数多く見られるが、それはそれで読者に当時の時代背景を知らせる役割を果たしているとも言える。
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親鸞・・・五木寛之、講談社、上・下各1,500円(★★★★)
本書は、’08年9月から09年8月まで全国の27紙に連載された作品に加筆修正を加え単行本化した作品で、少年時代から越後へ流される直前までの親鸞の姿を描いている。
嘗てはその存在さえ疑問視され、架空の人物とする説が提唱された親鸞であるが、本書で著者は様々な想像を交えながらその生涯を描いているが(内容に関しては連載当時からも批判もあった作品であるが)、作品中のエピソードはともかく、作品中に描かれている親鸞の思想は、長年仏教及び親鸞に関心を持ち続けて来た著者が、「蓮如」や「他力」その他の作品の中で深めてきた親鸞思想理解の神髄として捉えたものであり、そういう意味では著者の親鸞に関するひとつの集大成的な作品であるといえる書である。
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真説 光クラブ事件・・・保坂正康、角川文庫、590円(★★★)
昭和史研究の第一人者である著者が、終戦直後の混乱期のアプレゲール事件の典型とも言われる「光クラブ事件」の主犯である軍隊帰りの東大法学部の現役学生山崎晃嗣が、何故27歳の若さで服毒自殺をするに至ったかの謎の究明に挑んだ作品である。
著者は、「契約こそすべて人間的感情より優る約束事という自らの信条が挫折したために自殺した。」、という従来の説は、実は山崎が自らの死が語られるときのカムフラージュであったと見なしている。
また、本書で特徴的なのは著者自らが記しているように、著者が本書を著わす意図として、「いわばノンフィクションやドキュメンタリーでえがくよりも、山崎晃嗣という人物に近づいていくときの私自身の心境をえがきながら、本書の記述を進めていった。」というその姿勢である。
そのそうな姿勢で取材を進めていった結果、「実は山崎は軍隊時代のふたつの体験によって、自らの時代を心中から怨嗟するに至ったことが分かった。」、と記している。
そして、最後には昭和史の研究家らしく、
「今、私たちは特攻隊員の遺書に代表される無念の思いと、そして山崎の生き方とその訴えが含んでいた生者の挫折を三島の補助線の上にかぶせたとき、改めてこの40年近い時間のなかで、条理とは何かの問を発しなければならないように思えてならないのである。」(著者は、山崎と光クラブ事件を題材にした小説『青の時代』の著者の三島由紀夫とは、東大法学部の学生として交流があったと見なしている。)
と結論づけているが、この結論の是非はともかく、著者の「山崎を通して、昭和という時代を見つめる。いや見つづけたい。」という著者の思いが伝わってくる作品である。
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飛鳥燃ゆ・・・町井登志夫、PHP研究所、1,700円(★★)
サブタイトルに「改革者・蘇我入鹿」とあるように、飛鳥時代を舞台に蘇我入鹿を主人公とした長編古代史小説である。
本書で描かれているように、蘇我入鹿を大化の改新で中大兄皇子に殺された悪人ではなく、むしろ蘇我馬子・蝦夷・入鹿という蘇我氏の方が進取の気風に富んだあの時代における改革者であったという考え方自体は別に目新しいものではないし、肝心の主人公の改革者蘇我入鹿の描き方にも深みが見られない。
また、文章や構成にも荒っぽさが目立つ作品で古代史ファンにとっては物足りない作品である。
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「朝日」ともあろうものが。・・・鳥賀陽弘道、河出文庫、880円(★★★)
朝日新聞の記者を17年間務めた著者が書いた本であるが、朝日新聞の内部を描きながらも、同時に速報性や臨場感ではテレビに、情報量ではネットに対抗出来ない新聞という媒体の問題点を浮かび上がらせる内容となっている。
内容的には、相も変わらぬ日本のマスコミの排他性と癒着の温床となっている「記者クラブ」制度について書かれた部分も面白いが、
「夕刊はないほうがいい。」
という著者の主張の根拠の中には同意出来る部分も多かった。
また、本書に書かれている著者が朝日新聞社で経験した事(多分似たような事が同業他社でも行なわれているであろうが)に対して、読者がもはや、
「『朝日』ともあろうものが!と驚いたり怒ったりはしない」、という状況が今の日本の新聞の置かれている状況であり、それはまさしく「記者クラブ制度」と「再販制度」を始めとする数々の特権の上にあぐらをかき続けてきた新聞という媒体自体が自ら招いた事態である。
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なぜ「日本書紀」は古代史を偽造したのか・・・関 裕二、実業之友社、(★★★)
本書は「日本書紀」が、これまで言われてきたように天武天皇の為に書かれた歴史書ではなく、
「日本書紀は天皇家のためと言うよりも、むしろ藤原不比等が藤原氏のために作り上げた歴史書である。」
という事を明らかにしようとした書である。
日本書紀は天武天皇がその編纂を命じたとしても、その完成時には天武天皇は既に死亡しており、当時政治の実権を握っていたのは藤原不比等である。
そもそも日本書紀には天武天皇の生年が記されておらず(従って年齢も分からない)、また天武天皇の前半生は「日本書紀」の中には全く記述されていない。(例えば「大化の改新」の時や「白村江の戦い」の際に大海人皇子がどこで何をしていたのかは全く分からないのである。)
このような点からだけみても、「日本書紀」が天武天皇の為に書かれた歴史書ではないのは明らかだと思われるが、著者は在野の歴史家であるだけに、本書ではそれ以外にも様々な大胆な仮説を立てている。
以前著者の作品を取り上げた時にも書いた事だが、このような書は著者の主張を鵜呑みにするのではなく、「読み手の想像力をかき立ててくれる面白い読み物」という姿勢で読むのが良いと思われる。
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線・・・古処誠二、角川書店、1600円(★★★)
1970年の生まれにもかかわらず、一貫して太平洋戦争当時を舞台にした作品を書き続け、自らを「戦史オタク」と規定する著者が、太平洋戦争時のニューギニアを舞台に極限を生きる無名の兵士達の姿を描いた短編集。
本書には9編の短編が収められているが、登場するのは輜重や工兵、人夫など、これまでの戦争小説では余り取り上げられなかった人々である。
また著者の語り口も、悲惨な状況に置かれた人々の姿を淡々と描くという形を取っているために、これまで著者の作品を読んできた人にとっては起伏のない物語のように思われるかも知れないが、それが却って、上陸した日本軍の兵士達が極度の食糧不足とマラリアに苦しみ、20万人のうち20分の1しか生き残れなかったといわれている、この作品の舞台となったニューギニア島で主人公達が置かれた状況の過酷さを読む者に突きつけている様にも感じられる作品である。
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それでも日本人は「戦争」を選んだ・・・加藤陽子、朝日出版社、1,700円(★★★)
本書は、日本近現代史を専門とする東大教授である著者が、神奈川県の栄光学園で歴史研究部の中高生に行なった講義をまとめた書である。
講義は、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、そして太平洋戦争と打ち続いた戦争に際し、
「普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、その時点で『もう戦争しかない』と思ったのはなぜか?」
と視点から行われたもので、講義の中で著者は度々生徒に対し、
「もし自分がその当時の人間であれば、起こっている事態をどのように捉え、どのように考えるか。」
と言う事を問うている。
あとがきの中で著者は、
「本屋さんに行きますと、『大嘘』『二度と誤らないための』云々といった刺激的な言葉を書名に冠した近現代史の読み物が積まれているのを目にします。地理的にも歴史的にも日本と関係の深い中国や韓国と日本の関係を論じたものにこのような刺激的な惹句のものが少なくありません。しかし、このような本を読み一時的に溜飲を下げても、結局のところ『あの戦争はなんだったのか』式の本に手を伸ばし続けることになりそうです。」
と述べ、その理由に関して、
「一つには、そのような本では戦争の実態をえぐる『問い』が適切に設定されていないからであり、二つには、そのような本では史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされていないからです。これでは、過去の戦争を理解しえたという本当の充足感やカタルシスが結局のところ得られないので、同じような本を何度も何度も読むことになるのです。」
と述べているが、確かに昨今太平洋戦争に関してその種の刺激的な書名の本が多いが、太平洋戦争に至る過程を理解するためには、満州事変や日中戦争前後の日本の態度や国際情勢だけではなく、少なくとも日清・日露戦争当時からの流れを一応理解しておかなくてはならないのは当然であろう。
その意味で本書は、中高生を対象に行なった講義を元にした本ではあるとは言え、内容的にはそれ以上の年代の人間にとっても充分読むに値する書である。
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永遠のゼロ・・・百田尚樹、講談社文庫、876円(★★★★)
本書は'06年に出版された著者のデビュー作が文庫化された作品である。
ふとしたきっかけから、終戦間際に特攻で死亡した顔も知らない祖父の事を調べ始めた主人公と姉は、軍隊時代の祖父を知る人々から話を聞き始める。
その結果明らかになり出したのは、戦闘機乗りとしての抜群の技量を持ちながら、同時に異常なまでに死を恐れ、仲間達から卑怯者と蔑まれた祖父の姿である。
「絶対に生きて帰る。」、と言う妻との約束を果たすために生きることに執着し続けた祖父が、何故終戦間際に特攻で死ななければならなかったのか?
聞き取りを続ける中で徐々に明らかになってゆく祖父の実像とは?
そして、主人公達にはやさしくにこにこ笑っているだけの印象しかなかった祖母が送った人生とは?
巻末の解説の中で解説者は、
「なまじの歴史本などより、はるかに面白く戦争の経緯とその実態を教えてくれる点でも実に秀逸な物語だと思うのは僕だけであろうか。」
と書いているが、確かにそう言う点からも若い人々にも是非読んで欲しい作品である。
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道誉と正成・・・安部龍太郎、集英社、1,700円(★★★)
本書は、鎌倉時代末期を舞台に、鎌倉幕府打倒の為に挙兵した後醍醐天皇への忠誠を貫き、湊川の戦で散った悪党楠木正成と、時代の波をかいくぐって足利尊氏の開いた室町幕府では政所執事や六ヶ国の守護を兼ねるまでに至ったバサラ大名の代表として知られる佐々木道誉の二人を主人公にした歴史小説である。
この時代は「太平記」の時代でもあって、かなり面白い時代であるのだが、背景が複雑で、本書もある程度時代背景が分かっている人にとってはそれなりに面白く読める部分もあるのだが、そうでない場合は、正成が最後まで慕い続けた大塔宮や、本書では尊氏よりも頻繁に登場する尊氏の弟の直義や、はるばる奥州から軍を率いて京に駆けつける北畠親房の長男の顕家など、歴史の教科書にはあまり登場しない登場人物達の人物像や彼等の背景が掴みにくいと思われる。
この小説をきっかけに、「南北朝時代」に調味を持った方には、黒須紀一郎の「婆娑羅太平記」(作品社、新書版全6巻)がお勧めである。
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水神・・・
島原の乱から数十年後の江戸時代に、筑後川に堰を築いた人々の姿を描いた長編歴史小説である。
筑後川を望みながらも、その高低差のため水に恵まれずに貧困に喘ぐ村々。
その筑後川に堰を築き村々に水を引くために、自らの生命を賭け、資財を投げ打って立ち上がった水涸れの村の五庄屋達。
その庄屋達の思いに心を動かされた一人の老武士。工事の現場である川の土手には、工事が失敗した際に見せしめのために庄屋達を吊すための五本の磔柱が立てるれる中で、人々の思いを込めて堰の工事は始まった。
村民を思う庄屋達の思いや、恵まれない土地で、それでもひたむきに生きようとする農民達の姿が鮮やかに描かれた作品である。
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日本人の戦争・・・ドナルド・キーン、文藝春秋社、1,714円(★★★)
サブタイトルに「作家の日記を読む」とあるように、本書は主に太平洋戦争が始まった昭和16」年の後半から、敗戦後の昭和21年の後半までの5年間にわたって日本人の作家達がつけていた日記の抜粋によって構成された本であり、永井荷風や伊藤整、高見順らの作家の日記が紹介されているが、序章の中で著者はこう書いている。
「山田風太郎の日記を読んでわかったのは、それまで人は読んだ本によって自分の性格や信念を形成すると思っていた私の考えが間違いであるということであった。
山田とわたしは、ほとんど同じ時期に同じ本を読んでいたにもかかわらず二人の世界観は根本的に違っていた。山田は日本の勝利を心から望んでいたし、勝利以外の終戦は想像することさえ拒否していた。」
しかし、戦争が長引けば無数の死者が出て、国が完全に滅びるかも知れない事を知りつつ、最後の一人まで戦うように呼びかけていた山田風太郎の、医学生として兵役を免れていた当時の日本の青年としては特殊な彼の立場と、当時アメリカ軍の情報将校をしていた著者との立場の違いのように、同じような本を同じ時期に読んでいても、立場が違えば形成される性格や信念や思想が異なるのは当然ではないだろうか。
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弩(ど)・・・下川 博、小学館、1,785円(★★★)
南北朝期の因幡の国のある村を舞台にした歴史小説。
物語の前半は、因幡の国の貧しい村が柿渋で瀬戸内の因島の塩を交易することで豊かになってゆく過程が描かれ、後半は豊かになったその村を襲う野武士の集団と村人との闘いの様子が描かれている。
弩(ど)というのは、その時村人達が用いた西洋のクロスボーに似た武器の名であるが、前半に比べ後半の闘いの部分が短く、展開が急すぎて読み応えが足りなかった気がするが、それは弩(ど)という題名と、帯の「黒沢明監督の『七人の侍』から55年ー。今度は、百姓が武器を取った!」という文章に惹かれて読んだせいかもしれない。
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ジパング島発見記・・・山本兼一、集英社、1,500円(★★★)
「利休にたずねよ」で第140回直木賞を授賞した著者の受賞後第一作で、宣教師ザビエルや「日本史」を著したフロイスなど16世紀に日本を訪れた7人のヨーロッパ人達の目を通して当時の日本の姿を描いた短編集。
大航海時代に荒波を乗り越えて「ジパング」に辿り着いた彼等の目に映ったのは、彼等の文化や価値観から見ればまったく奇妙な国であり人々であった。
全体を通じてそれほど意表をつくような奇抜な話もないが、それだけに読む方としても肩の力を抜いて読める作品である。
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許されざる者・・・辻原 登、毎日新聞社、上・下各1700円(★★★)
著者の出身地である和歌山県の医師で、大逆事件に連座して死刑になった大石誠之助をモデルにした毎日新聞に連載された長編小説。
もっとも大石誠之助をモデルにしたからといって、彼と大逆事件との関わりが直接描かれているわけではないし、小説の舞台も新宮をモデルにした架空の町である。
日露戦争の前夜、熊野地方の町森宮にアメリカやインドで医学を学んできた青年医師が帰ってきたところから物語は始まる。
架空の町での架空の出来事であるにもかかわらず、作中で幸徳秋水や石光真清などは実名で登場してくるし、新宮の浄土真宗大谷派の僧侶で、非戦の立場を貫き社会運動家として活動し、後に大石との交友から大逆事件に連座したとして無期懲役に処せられ獄中自殺をした高木顕明を思わせる人物も登場する。
しかしながらこの小説の中で描かれているのは、主人公を中心とした彼の周りの人間達や時代の雰囲気や当時の町の様子であり、中心をなすのは彼とある人妻との恋愛である。
せっかく大石誠之助をモデルにしながらも、恋愛をストーリーの中心に据えているところが、著者らしいといえば言えるのであるが、読み終わってからある種の物足りなさを感じざるを得なかった。
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昭和を点検する・・・保坂正康+半藤一利、講談社現代新書、720円(★★★)
昭和史の研究の第一人者2人による、
「なぜ、日本は無謀な戦争に突入していったのか?」
に関する対談集であるが、今回の対談では「世界の大勢」、「この際だから」、「ウチはウチ」、それはお前の仕事だろう。」、「しかたんかった」の5つのキーワードを切り口として昭和の歴史を語り合う形を取っている。
第三章の「ウチはウチ」の中の「新聞がおかしくなってくる」や「ジャーナリズムの業」の中の、満州事変直前からの新聞各社の変節に関して、
「そうは言っても、この時の日本の新聞の変節は後世から見ると見ると罪深い。ただそれは権力の弾圧と言うよりは新聞の販売競争の面がある。」
と言う指摘や、あとがきの中の当時の軍令部総長永野修身大将に関する半藤氏の、
「思えば、国家最大の危機のとき、広い世界的視野もなく、あなた任せで、状況追随のあまりといえばあまりな総大将を戴いていたものよ、と今は嘆くほかはない。」
という言葉などは、戦前だけでなく世界的な不況の最中にある現代にも通じる部分があると思われる。
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それからの海舟・・・半藤一利、ちくま文庫、780円(★★★)
咸臨丸で太平洋を横断しアメリカへ渡った話や、幕末期に幕臣の中心人物として江戸城の無血開城を成し遂げた人物としての勝海舟はよく知られているが、それに比べて維新後の勝海舟の姿はそれほど知られていないように思われるが、本書は下町生まれで海舟を「勝っつぁん」と呼ぶほどの海舟贔屓の著者が維新後の彼の姿を描いた作品である。
福沢諭吉の批判を受けることになった勝の維新政府入りや、逆賊とされた盟友である西郷隆盛の名誉回復に尽力した勝の後半生が(時には贔屓の引き倒し的な著者の思い入れをも含めて)描かれているが、同時に当時の明治維新政府の内部事情なども描かれていて、それなりに面白く読めた。
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仏典をよむ・・・末木文美士、新潮社、1,800円(★★★)
本書は「遊行経」から「法華経」、「般若心経」、「教行信証」、「正法眼蔵」、「立正安国論」等10以上の仏典を取り上げ、「浄土・空・密教・禅」に至までに多岐にわたる思想の華を開いた仏教の精神の歴程をたどった書である。
もちろん僅か300頁余りの本書の中で、それらの仏典のひとつひとつについて詳しく触れて行くことは不可能であるが、サブタイトルに「死からはじまる仏教史」とあり、著者自身が「はじめに」の中にも書いているように、本書の第一部で仏典を見る視点は、
「仏教がブッダの教えから直接生まれたのではなく、ブッダの死後、その死を乗り越えようとするところから出発しているという視点である。そのために仏教は否応なく死者という異形の他者と正面から向き合わねばならなくなった。その展開上に大乗仏教が生まれることになったのではないか。」
というものである。
また、テキストの引用にあたり、原則としてかなり自由な現代語訳が使用されているが、これも
「難しい術語でつまずくよりは、内容を直接に把握して貰いたい。」
という著者の心遣いであるが、そういった点も含めて仏教の初心者にも読みやすい本である。
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火天の城・・・山本兼一、文春文庫、590円(★★★)
「利休にたずねよ」で第140回直木賞を受賞した著者が、壮大な天にそびえる5重の天守閣を備えた安土城築城を信長から命じられた統領を主人公にした作品で、2004年度の松本清張賞受賞作品。
信長の命を果たすべく始められた安土城築城プロジェクトは、設計や材料調達、作業に関わる人員の確保の点からも巨大なプロジェクトであった。
本書はその安土城の計画から完成までを描いた作品なのであるが、著者の手による安土城の周囲の様子や外観や内部の描写にもかかわらず、結局建物の全体像が上手く掴めなかった。いずれにせよ、信長の夢と巨万の富と膨大な用材と共に、延べ100万人を越える人員を動員して僅か3年で築かれた安土城は、完成から僅か数年後の本能寺の変で信長が明智光秀の手によって殺された後に焼失し、その後廃城の道をたどることになった。
※ 同じく安土城築城をめぐる作品としては佐々木 譲の「天下城」(新潮文庫上・下)があるが、ストーリー的な面白さでは、そちらの方がお勧めである。
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執念の女帝・持統・・・関 裕二、ポプラ社、1,300円(★★★)
在野の古代史研究者である著者の作品はこれまでも何度か取り上げてきたが、在野の研究者達の作品の面白さは、彼等が大学や研究期間に属する研究者達に比べれば、遙かに自由に大胆に自説を主張している点にある。
本書でも著者は従来からの自説である中臣(藤原)鎌足=百済王子豊璋(ほうしょう)説を採っているが、その是非はともかくその見解の上に立って古代天皇家の流れを、
蘇我系→天智系(反蘇我系)→天武系(蘇我系)→持統天皇(反蘇我系)と言う風に捉えている。
即ち本書では、天智の娘であり同時に天武の妻でもあった持統を、天武の後継者ではなく天智即ち反蘇我系の後継者として捉えられているのであるが、そう捉えることによって初めて彼女の行動が理解出来る点も少なくないように思われる。
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検証・昭和史の焦点・・・保坂正康、文春文庫、552円(★★★)
「昭和とは一体どのような時代だったのか。」
昭和が既に歴史になりつつある今、昭和史研究の第一人者である著者が、昭和前半の、特に太平洋戦争を中心にしつつその前後の二十一の史実を取り上げ、著者の考えている視点で捉え直した本である。まえがきの中で著者は次のように書いている。
「昭和16年12月8日に日本海軍の機動部隊が真珠湾に奇襲攻撃をかけるこの決定を、政治、軍事の指導層でどれだけの人数が知っていたのかを調べてゆくと、二十人足らずだったということに気づく。」
「つまり、この指導者たちが戦争を決定したのだが、この事実は何を意味しているのか、と再検証することは必要である。」
分かりやすく書かれている割には示唆に富んだ部分も多く、読んでおいてもいい本であろう。
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警官の血・・・佐々木 譲、新潮社、上・下各1,600円(★★★)
太平洋戦争からの復員後に警視庁に巡査として採用された祖父。
その祖父は駐在所勤務時代の火事の夜に不審な死を遂げた。
そして父は、昭和42年に高卒の資格で警察学校に入学しながら、その後は北大に籍を置き公安のスパイとして過激派の調査を命じられ、赤軍による大菩薩峠事件解決に多大な功績を残した。
そしてその父もまた、潜伏捜査の際に精神を患いながらも、生前の祖父が追い続けていたある事件の背後関係を探り続けていたが、地元で起こった事件で殉死を遂げた。
そのような警官の血を受け継いぎ、昭和60年代に警視庁に警察官として採用された主人公の和也もまた、ふとしたきっかけから祖父や父が独自に捜査を進めていた事件に興味を持つようになる。
終戦直後の上野周辺や、昭和40年代後半の学生運動の様子なども描かれていて割と面白く読めたのだが、題名からしても仕方がないのかも知れないが、祖父、父、主人公と3代にわたり追い求めていた事件の犯人の犯行に至る動機や心情等が殆ど描かれていないのが残念な気がする。著者の初期の3部作や「武揚伝」などのファンとしては、どうせ上・下2巻の作品を読むのなら、もう少しスケールの大きさやロマンのある作品が読みたいところである。
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警察庁から来た男・・・佐々木 譲、ハルキ文庫、629円(★★★)
下の「笑う警官」に続く著者の「道警シリーズ」の第2作。
北海道警に警察庁から特別監査に入ったキャリアの警視正が、半年前に道警の裏金問題に関する証言をしたために閑職に飛ばされた刑事に協力を要請し、両者が協力して道警の腐敗を暴いていく。
キャリア警察官というと、上昇志向が強く、自己保身が第一という姿で描かれることが多いが、この作品の中でのキャリア官僚である警視正がそういったステレオタイプに描かれていないところがこの作品の良さであろう。
もっとも、タイトルが「警察庁から来た男」で、その男が従来の警察小説に登場するような典型的なエリート官僚タイプの警察官であれば、もとより小説にはなり得ないであろうが。
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笑う警官・・・佐々木 譲、ハルキ文庫、686円(★★★)
著者は好きな作家の一人ではあるのだが、何しろ作品数も多くジャンルも広い作家だけに、今までは「警官シリーズ」は何となく読まずに来たのであるが、「警官の血」を読むかどうかの判断基準としてとりあえず文庫化されたこの作品を読んでみた。
この作品は、ヒットシリーズの「道警シリーズ」の第一作であり、実際に起こった北海道警の組織ぐるみの汚職事件を下敷きに、道警の腐敗を背景にした女性の殺害事件を描いた作品であり、スピーディーな展開でそれなりに読ませる作品であるが、さすがに犯人と目された警官に対する射殺命令は現実味がないように感じられた。
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誰も書けなかった石原慎太郎・・・佐野眞一、講談社文庫、943円(★★★★)
本書は’03年に刊行された「てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎」に、文庫化にあたり第4部「落陽の季節」を加え題名も「誰も書けなかった石原慎太郎」と改題された、文庫本で600頁余りの長編ノンフィクション作品である。
1956年に「太陽の季節」で芥川賞を受賞以来、毀誉褒貶の声に包まれながらも、作家、政治家として50年以上にわたり世間に出ずっぱりの稀有な存在である石原慎太郎を描くための本書で、著者は慎太郎の父親である石原潔の人生を描くことから始めている。
慎太郎の父親である潔が、店童といういわば丁稚奉公の身で山下汽船に入社して若い頃は樺太で伐採した木材をオホーツクの荒波を越えて運搬する仕事に従事したりしながら、最後は関連会社の重役にまで上り詰めた人物であり、そういう意味では、慎太郎、裕次郎の兄弟は世間で思われているような生まれながらの湘南のお坊ちゃん育ちではないのである。
これは何も、生まれながらの湘南のお坊ちゃん育ちでないことが問題なのではなく、著者が世間が慎太郎に対して抱いている幻像を徐々に剥がしていくための序章である。
巻末の「文庫本あとがき」の中で著者は言う。
「かつて数々の暴言を吐きながらも300万票近い大量得票で都知事に再選されたり、かつては次の総理総裁候補ナンバーワンとまで言われた彼の存在を解剖することは、日本の戦後社会を導いてきた大衆の欲望の歴史にメスを入れる事である。」
確かに断定的で強気な物言いは、世間の注目を集めるだろうし大衆受けする部分もあるだろうが、彼が政治家である限り、求められるのはその発言内容の実行力であり、またそれが失敗に終わった時の責任の取り方である。
例えば、自らが構想設立した「新銀行東京」の経営悪化とそれに伴う400億円の追加融資の際にも、慎太郎の口から出るのは、責任を他人に転嫁する言い逃れの発言ばかりで、自らの責任については一切謝罪の言葉がなかったが、そういった姿勢は今回の件ばかりではなく、一貫して続いてきたいわば彼の人格上の問題であることが本書を読むと良く分かるのである。
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古事記 逆説の暗号・・・関 裕二、東京書籍、1,500円(★★★)
独学で古代史を学び、数多くの古代史に関する著作を著わしている著者が、
「古事記は日本書紀より後に書かれた。」
と言う前提で書いたのが本書である。相変わらず、推論の上に推論を積み重ねて、最後にはそれらの推論が既に実証済みであるかのような著者のスタイルは本書でも変っていないが、新羅を敵対視する「日本書紀」と新羅に好意的な内容の記述が多い「古事記」のスタンスの違いの理由に、親百済派の天智天皇と親新羅派の天武天皇との対外姿勢の違いや、「日本書紀」の編纂時には親百済派の藤原氏が権力を握っていた事を取り上げている部分は興味深い。
著者の本は、書かれている内容が事実かどうかより、色々と読み手の想像力を刺激してくれる読み物として読んだ方が良いと思う。
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不時着・・・日高恒太郎、人物往来社、1,800円(★★★★)
2005年の日本推理作家協会賞を受賞した、特攻隊をテーマにした7編のノンフィクションを収録した作品集。
表題作にもなっている「不時着」は、死を覚悟して特攻出撃したものの、エンジントラブルによって不時着したある予科練生が主人公である。
ある時彼が、イタリアのテレビ局の取材に対し、
「死ぬのが恐くなかったと言えば嘘になる。」と答えた時、成り行きを見守っていた予科練の同級生達の間から、
「死ぬのが恐かったとは何事か」、「情けないことをいうな」、「予科練の面汚しだ。取り消せ」
等々の非難が浴びせられた事や、当時特攻に失敗して引き返した操縦士に対して、「なぜ死ななかったのか」と理不尽に罵倒し、いずれは俺達も後を追って死ぬと公言しながら、生き残っていく海軍兵学校出身将校達が描かれている。
また「8月15日の記憶」の中で、有名な玉音放送後の宇垣中将の部下を引き連れての「宇垣特攻」に参加し、エンジントラブルで不時着時に死亡したある兵士の姉が、
「母がよく言っていました。タモツ(兵士の名)は誰も殺さんで自分だけ死んだ。宇垣長官よりもエラか男じゃと。私もそう思います。」
と言う言葉は印象的である。また、この本を読んで初めて台湾出身者からなる予科練や朝鮮半島出身者からなる予科練があったことを知った。
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いつかX橋で・・・熊谷達也、新潮社、1,800円(★★★)
仙台在住の直木賞作家である著者の最新刊。
昭和20年の仙台で、母子家庭で育った17歳の主人公は空襲で母と妹を一夜にして失ってしまう。
終戦後、仙台駅北の通称「X橋」と呼ばれる橋の付近で靴磨きを始めた主人公は、ひょんなきっかけから特攻隊の生き残りである同年代の少年と出会い友人となる。
やがて友人は愚連隊の頭となり地元のヤクザと関わりを持つようになる。
一方、主人公の方には元米兵相手の娼婦であった恋人が出来、彼女と二人で屋台の店を出す事を決意する。二人が結婚してその屋台が繁盛でもすれば、読んでいる方としても切なくなる事もないのであるが、そうは問屋が卸さないのである。
「こんな結末になるのなら、一体何のために主人公はあの空襲を生き延びたのだろう?」
と読み終わった後に切なさが残る作品である。
ドラフト1位 9人の光と影・・・澤宮 優、河出書房新社、1,600円
「蔵人」の長年のお客さんであり、サラリーマン生活のかたわらスポーツ系を中心としたノンフィクション作品を発表し続けている著者の最新刊。
「ドラフト1位」の評価を受けてプロ野球界に飛び込んだ男達が全てプロ野球界で華々しい活躍をするとは限らないし、その後の人生もまた人それぞれである。
本書は、現役引退の後に球団のマスコット人形の中に入り、ファンサービスに勤めた島野修や、将来の4番打者として期待され鳴り物入りで巨人軍に入団しながら、1軍での通算成績は29安打5本塁打に終わり、今はスカウトとして活躍する大森剛ら8人のドラフト1位選手と、幻のドラフト1位と言われた慶應大学の志村亮投手の9人のそれぞれの人生のドラマを追った作品である。
かつて「栄光のドラフト1位」という評価を受けた彼等が、それをどう受け止めてその後の人生をどう生きているかを知ることが出来たという意味で興味深く読めた本である。
※著者が知り合いのために、本書に関して★印での評価は控えさせて頂きます。
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幕末史・・・半藤一利、新潮社、1,800円(★★★★)
本書は、ベストセラーになった「昭和史」の著者が、2008年3月から7月までの12回にわたって、慶應丸の内シティキャンパスの特別講座として語った内容を一冊の本にまとめたものである。
昭和5年生まれで、小学校・中学校時代に、
「戦前の皇国史観、正しく『薩長史観』によって、近代日本の成立を徹底的に仕込まれました。」
と言う著者は、本書では徹底的に「反薩長史観」に立っている。またタイトルは「幕末史」でありながら、新政府成立後の明治11年までを語っているのは、第11章の「新政府の海図なしの船出」以降で、新政府の高官となったかつての革命家達が、新政府の機軸や方向性に関してほとんど何も考えていなかった事を明らかにするためである。
また、結びの章で著者は、
「明治21年に憲法が出来た時、既に統帥権は独立していましたから・・・・・。よろしいですか、国の基本骨格の出来る前に、日本は軍事優先国家の道を選択していたのですよ。」
と述べているが、その後の歴史の流れを見る時に、この辺りの経緯を知っておくことも必要なことに思われる。
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死刑基準・・・加茂隆康、幻冬舎、1,600円(★)
タイトルトと帯に書かれてあった「現役弁護士が放つリーガル・サスペンスの一級品」という文句に惹かれて買ってみた作品であるが、全く期待外れの作品であった。
まずストーリー自体が伏線も無しに色々な事実が次々と明らかになる御都合主義的な展開や、不自然な展開が多すぎるのである。
例えば、わざわざアリバイを作り車のナンバーまで擬装した犯人が、被害者の在宅を確かめもせずにいきなり被害者宅を訪れたり、本人のことをほとんど知らずに犯行を依頼する検事が登場したり、何故かしら犯人が最初から依頼者との会話を録音していたり、その検事が突然国会議員の妻であったりと等々と、こんな本にサスペンスの一級品などと銘打つのはほとんど詐欺である。
それに致命的なのは、犯行依頼者の計画性に関してはほとんど思いつき程度でしかない上に、彼女の心理や行動だけではなく、小説の結末もタイトルの「死刑基準」とは何の関係もない事である。
「こんな作品をそのままで出版を許す編集者なら、そんなものはいらない。」
とまで思ったほどである。
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神無き月十番目の夜・・・飯嶋和一、小学館文庫、638円(★★★★)
本書は、「出星前夜」が紀伊国屋書店全スタッフが選ぶ「キノベス2008」に選ばれたり、「黄金旅風」が「本の雑誌」が選ぶ2008年の文庫本の総合一位に選ばれるなど、今年は何かと話題になることの多かった著者が江戸初期の常陸国のある村を舞台に描いた作品である。
徳川家による幕藩体制の確立の過程で、半農半武士という特殊な住人達が住む村にある百軒余りの家々から、300人以上の全住民が突然消え失せた。
まるで悪夢のような出来事にいたる背後には、一体どのような経緯があったのか?
長く歴史の闇に埋もれた事件を掘り起こし、深みがあり読み応えのある小説に仕上げた著者の力量には改めて感心した。
いつの時代も支配者達は、己の意向に従おうとしない人間達を容赦はしないものである。
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生かされて。・・・イマキューレ・イリバギザ、PHP研究所、1,600円(★★★★)
1994年にアフリカのルワンダで、フツ族により100日間で約100万人ものツチ族が殺されるという大量虐殺があったが、本書は小さなトイレに隠れその虐殺を生き延びた一人のツチ族の女性の手によって書かれた手記である。
彼女が、大鉈やナイフを持ったフツ族の人間達が「皆殺し」を叫びながらフツ族を殺し続ける日々を生き延びられたのは、神を信じ奇跡を信じる彼女自身のキリスト教に対する強い信仰心に拠るところが大きいが、その彼女が自らの信仰にもとずいて、彼女が様々な葛藤を経て、遂には両親を殺した相手である当のフツ族すらも「許す」にいたるプロセスには、宗教というものが持つ力について考えさせられるところが多かった。
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雷電本紀・・・飯嶋和一、小学館文庫、695円(★★★★)
江戸の天明時代に出現し、23歳で土俵にあがって45歳で引退するまでの負けはわずか10敗という驚異的な記録を残した伝説的な力士雷電を主人公にした長編時代小説。
打ち続く凶作や大火の中で貧困に喘ぐ民衆は、圧倒的な強さで並みいる力士達をなぎたおしし続ける雷電の相撲に何を見たのか?
著者が足かけ6年を費やして執筆した作品だけあって、徹底した時代考証に基づいた描写や、雷電を取り巻く周囲の人々の個性が、本書をして相撲取りを主人公にした小説でありながら、単なる力士の一代記という枠を越えて、彼の生きた時代そのものを描いた作品たらしめている。
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沈黙のファイル・・・・共同通信社会部編、新潮文庫、629円(★★★★)
本書は、サブタイトルに「『瀬島龍三』とは何だったのか」とあるように、太平洋戦争中は大本営のエリート参謀であり、戦後はシベリアでの長期抑留生活を経て、帰国後は伊藤忠商事会長を勤め、政界の「影のキーマン」にまでなった「瀬島龍三」の足跡をたどった本である。
彼の足跡をたどると言うことは、とりもなおさず昭和史の裏面に迫ることであり、自衛隊に特別講師として招かれた彼が、自衛官達を前にして、
「日本は、少なくとも対英米戦争は自存自衛のために立ち上がった。大東亜戦争を侵略戦争とする論議には、絶対同意出来ません」
と語る時の彼や、戦争の賠償を単なるビジネスの機会と捉えて、それを自社の利益に結びつけようとする彼の姿勢からは、かつて参謀本部の一員として日本を戦争に導き大勢の人間を死に追いやったという自覚は全く感じられない。警察予備隊(現在の自衛隊)の設立当時の模様にまで踏み込んだ本書を読んで、強く感じたのは、
「戦前と戦後は断絶しているのではなく、ある部分ではつながっているのだ。」
と言う事である。
また、本書は平成8年に単行本として出版されているが、それから現在に至るまでに、瀬島龍三を初め本書に登場する人物の多くが鬼籍に入ってしまったが、そういう意味でも貴重な証言を数多く掲載した本である。
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始祖鳥記・・・飯嶋和一、小学館文庫、695円(★★★★)
江戸の天明期、備前国の岡山に「空を飛んでみたい。」、と考えた一人の表具師がいた。
本書はその男幸吉を主人公とした物語であるが、その男の話が著者の本らしく、いつの間にか幕府と一部の豪商とによる塩の流通の独占体制に挑もうとする下総行徳の地廻り塩問屋や、彼に荷担する廻船の船頭達の話につながって行き、最後には再び幸吉が大空を滑空する場面を描くことで終わるのだが、幸吉が他の人々の思惑とは無関係に、「空を飛びたい!」という己の夢を追い続けたのと同じく、この本に登場してくる塩問屋や船頭達達も、それぞれ己の志をまっとうしようとし続けるのである。
本書に描かれる塩の流通の背景や様子などの描写も含め、読み応えのある作品に仕上がっている。
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誰が「本」を殺すのか・・・佐野眞一、プレジデント社、1,800円(★★★)
出版された当時から気になっていたながら、読まないままになっていた本であるが、この間著者の本を2冊ほど読んだついでに読んでみた。
本書が出版された2001年当時と現在では、Amazonに代表されるインターネット書店の比重や都心の書店の益々の大規模化など、本を取り巻く環境に大きな変化が生じているが、それでも再販制度や委託販売制度等の版元、取り次ぎ、書店といった一連の本の流通の問題や、町の本屋が次々と姿を消していく等の問題の大部分が未解決のまま現在に至っていると言っていいであろう。
その意味では、今もなお読むに値する本であるが、惜しむらくはこの本の中では著者と読者の問題が取り扱われていない点である。
黄金旅風・・・飯嶋和一、小学館文庫、752円(★★★)
鎖国前夜の長崎を舞台にした文庫本で600頁を越える長編歴史小説。
朱印船貿易を営む家に生まれ、放蕩息子と言われながら、暗殺された父を継いで長崎代官となった主人公は、呂宋(ルソン)侵略を企む長崎奉行から、長崎の町を守るために奮闘するのであるが、この小説の面白みは単にストーリーの展開のみにあるのではない。
まだ外国貿易が許され、隠れ切支丹が数多く潜む時代の長崎を舞台にした事により、時代の転換期を鮮やかに捉えた、スケールの大きな読み応えのある作品に仕上がっているのである。
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一歩の距離 小説予科練・・・城山三郎、角川文庫、514円(★★★)
少し前に読んだ同じ著者の「指揮官達の特攻」の解説の中で解説者が「是非読んで欲しい。」として作品名を上げていたので読んでみた本である。
飛行機乗りになることを夢見て予科練を志願した少年兵達。
しかし、彼等が乗り込まされる予定であったのはもはや特攻機ではなく、爆弾を装着した貧弱なモーターボートであった。
「戦局を一変させるべく、帝国海軍では、この度、必殺必中の兵器を動員することになった。全員、目を閉じよ。兵器への搭乗を志願する者は一歩前へ!」
司令の言葉に、思わず躊躇し一歩を踏み出せなかった16歳の予科練生。
表題作である「一歩の距離」は、彼を含む予科練の4人の少年達を主人公にした短編であり、他一編は特攻に志願して台湾へ送られた少年兵達の姿を描いた短編である。
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彰義隊・・・吉村 昭、朝日新聞社、1800円(★★★★)
本書のタイトルは「彰義隊」であるが、内容は皇族の身でありながら上野の寛永寺山主となり、彰義隊と共に上野の山に立て籠もり、彰義隊の敗退後は東北に逃れ奥羽越列藩同盟の盟主に擁立された輪王寺宮の生涯を描いた作品である。
闇に包まれていた上野撤退後の輪王寺宮の足跡を、資料や調査によって明らかにした点でも、ストリー的にも面白い本であった。
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慟哭(小説・林郁夫裁判)・・・佐木隆三、講談社、1700円(★★★★)
1995年3月20日にオウム真理教によって引き起こされた「地下鉄サリン事件」。
林郁夫は当時オウム真理教の治療省大臣であり、なおかつサリン撒布の実行犯のひとりでもある。
「慶應大学の医学部を出て海外留学の経験もある40歳を過ぎた心臓外科医である彼が、何故妻子を連れてまで出家したのか、そしてその彼がどういう経緯でサリン撒布の実行犯にまで至ってしまったのか。」
本書は、その真相に迫るノンフィクションのベルである。
あの事件から10数年がたち、教祖であった麻原彰晃が、自らは事件の真相に着いて何も語らないまま死刑判決が確定してしまった今、本書は、あの事件を曖昧なまま風化させてしまうのではなく、もう一度あの事件について考えるきっかけになる本である。実行犯5人中唯一無期懲役が確定し、現在は関東地方の刑務所で服役中の林郁夫は、60歳を越えた今、独房で何を思っているのであろうか。
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指揮官達の特攻・・・城山三郎、新潮文庫、438円(★★★)
神風特別攻撃隊第一号としてレイテ沖に散った関行男大尉と、8月15日の玉音放送後に最後の特攻隊員として沖縄に向けて飛び立った中津瑠達雄大尉。
海軍兵学校の同期生で、共に23歳でその短い生涯を終えた二人は既に結婚をし家庭を持っていた。
本書で著者はその二人の人生と自らの戦争体験を描いているが、彼等は余りにも短い人生の中で、一体何を思い、何を願ったのであろうか?
また本書では、人間爆弾「桜花」を初めとする数々の愚かで残酷な特攻兵器が紹介されているが、その要員として昭和20年5月に、1万5千人以上の当時17歳前後の少年達が「海軍特別幹部練習生」として採用されていたことを、本書を読んで初めて知った。(著者も又その一人であったのである。)
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出星前夜・・・飯嶋和一、小学館、2,100円(★★★★)
著者の4年ぶりの新作で、「島原の乱」を舞台にした1,200枚の長編小説。
「島原の乱」というと、天草四郎に率いられたキリシタン達が弾圧に抗して決起し原城に籠城した宗教戦争という風に捉えられがちであるが、本書で著者は、そうではなく、「島原の乱」は、藩主松倉家の過酷な年貢の取り立てや凶作によって追いつめられた帰農した武士が中心になって起こした一揆であり、キリシタンの蜂起云々は、自らの失政を隠すために松倉家が流したデマであることを明らかにしていく。
従って、乱の中心人物であったと言われている天草四郎に関する記述は少なく、代わりに自らが乱のきっかけを作った事を悔やみ長崎で伝染病の治療に当たる寿安(ジュアン)と呼ばれる青年や、乱の原因が宗教でなく松倉藩の支配体制にあることを見抜き、解決策を模索する長崎代官の末次平蔵の姿などがより多く描かれている。寡作でありながらも一部に熱烈な読者を持つ、著者らしい読み応えのある作品である。
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テンペスト・・・池上永一、角川書店、上・下巻各1,600円(★★★)
琉球王朝末期に、自らの性を宦官と偽って琉球の科挙とも呼ばれる難関な関し登用試験を突破した少女の波乱に満ちた生涯を描いた約2000枚におよぶ長編小説。
著者自身、あるインタビューで、
「あえて現代の価値観を登場人物に持たせ、暴れ回りました。」
と語り、宣伝文句も「ジェットコースター王朝絵巻!」とあるとおり、ストーリー展開はそれなりに面白いのだが、サービス精神が過剰とも思える部分や登場人物達の台詞などに対して、読者の好みが分かれる作品であろう。また、この作品に対する現役の作家の賞賛の文章を多数掲載した新聞広告や中吊り広告等は、出版社の姿勢として疑問が残る気がする。
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鬱の力・・・五木寛之、香山リカ、幻冬舎新書、740円(★★★)
本書は、
「鬱こそ人間の優しさ・内面的豊かさの証であり、 治療が必要なうつ病とは分けて考えるべきではあるまいか。」「今の時代は『ちょっと鬱』というくらいが、いちばん正しい生き方じゃないでしょうか。それまでもひっくるめて病気にしてしまってはまずいと思うんですよ。」
と考える作家の五木寛之氏と、
「私もこのごろ、自分が精神科医として治療をする中で、『うつ病』と『鬱っぽい感じ』の境界をはっきりさせなきゃと思っているんです。」
と考えている精神科医の香山リカ氏の「欝」を巡っての対談であるが、本書の中で香山氏が述べている、
「1980年に発表された「DSM−V」というアメリカ式の診断基準は、ある意味で斬新でした。このときから、鬱の背景を、一切問わないことになったんです。失業して鬱になった人も、脳に問題があって鬱になった人も、貧困などの社会的要因で鬱になった人も、その症状が二週間以上続いていればうつ病ということにするという、非常にシンプルな話になった。」
という診断基準は、昨今の欝の問題を考える上で非常に重要な問題であるし、本書全体がこのような考え方に対する問題提起の書になっている。
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訣別の森・・・末浦広海、講談社、1,600円(★★★)
本年度の「江戸川乱歩賞」受賞作。
北海道を舞台に、元自衛官であるドクターへりの機長を主人公にしたストーリー自体は面白いのだが、主人公以外の登場人物達の心理や行動にかなり無理が感じられる部分も多かった。
選評の中でもその点に対する不満を述べている選者も多かったが、加筆・修正されて出版された本書でさえそうなのであるから、その前の応募作の段階ではよりそういった部分が多かったのであろう。
尚、本年度の乱歩賞は、この作品と翔田寛氏の「誘拐児」の2作品が同時に授賞した。
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兵隊達の陸軍・・・伊藤桂一、新潮文庫、629円(★★★)
本書は、40年の時を経て文庫化された書であるが、戦争に関する本の中でも、本書のように、
「あの戦争を戦った生身の兵隊達が兵営や戦場で実際にどのような生活をしていたのか?」
と言う兵達達の具体的な姿を伝えるものは少ない。
解説の中で、昭和史研究の第一人者でありながら、世代的に自らは軍隊体験を持たない保坂正康氏が、「本書を読んでから、あるいは本書の内容を理解してから、軍隊内部を解説した書にふれていくと、一見分かりづらい日本陸軍の内部も容易に理解出来ることに気づくのだ。」
「本書は私にとって『師』であった。いや昭和史を学ぶ者に一様に『師』となるように思う。」
と書いているが、確かにその通りだと思う次第である。
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「昭和」を点検する・・・保坂正康+半藤一利、講談社現代新書、720円(★★★)
本書は、昭和史研究の第一人者の二人による対談を本にしたものであり、比較的読みやすい内容の本になっている。
対談自体が、日本が「なぜ、無謀な戦争に突入していったのか」を、「世界の大勢」、「この際だから」、「ウチはウチ」、「それはお前の仕事だろう」、「しかたがなかった」という五つのキーワードを軸に探っていく内容になっていて、従来から知られている事実も、それらのキーワードの面から見ると、少し別な光を当てることによって違った意味が浮かび上がってくる、と言う側面があり興味深く読めた。
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八月十五日の夜会、蓮見圭一、新潮社、1,500円(★★★)
祖父の遺灰を海に流すために祖父の出身地である沖縄を訪れた大学生が、「八月十五日 夜」と書かれたラベルが貼られたテープを渡される。
そのテープは、本島の北にある米軍との地上戦が行なわれなかった小さな島で、昭和19年の暮れから終戦過ぎまでの間に起こった出来事を語ったテープであった。
一見平和なその小さな島でも、愚かで人々を引き裂く醜い戦争は確かにあったのである。
本書は、元々はケータイ文庫として配信されたものに加筆・修正したものであるが、そのせいか、一冊の本としてのまとまりに欠けているのが惜しまれる作品である。
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阿片王 満州の夜と霧・・・佐野眞一、新潮文庫、781円(★★★★)
1932年に建国されわずか13年で終戦と共に消え去った、今となってはまるで幻のような満州国。
本書は、その満州国において阿片密売の総元締めとして莫大な闇利権を一手に握ってり「阿片王」と呼ばれた男、「里見 甫」の生涯を追った文庫本で550頁を越える長編ノンフィクションである。
里見自身を含め彼の周辺には、関東軍関係者や満州国の官僚などの著名人の他に、まるで満州国そのもののように出自すら不明瞭で、その後も数奇な運命をたどる人間も多かった。
本書の中で著者は、出来うる限りそれらの人間達の正体にも迫ろうとしている。
それらの人物達の正体に迫ることが、同時に「阿片王 里見 甫」に迫ることにもつながっていくからである。本書を読んでいる途中に朝日新聞に、
「日中戦争中、中国占領地でアヘン流通にかかわり「アヘン王」と呼ばれた里見甫(はじめ)(1896〜1965)が、アヘンの取扱高などを自ら記した資料や、旧日本軍がアヘン販売の原案を作っていたことを示す資料が日本と中国で相次いで見つかった。」
と言う記事が掲載された事もあり、非常に興味深く読めた。※ 本書は「満州の夜と霧」の第一部として書かれたもので、その第二部として書かれたのが、このページでも既に取り上げた「甘粕正彦 乱心の曠野」(新潮社)である。
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ジャーナリズム崩壊・・・上杉 隆、幻冬舎新書、740円(★★★)
第一章の冒頭に、
「日本にジャーナリズムはあるのだろうか。・・・・・・結論から先にいえば『日本にジャーナリズムはある。ただしそれは日本独自のものであり、海外から見ればジャーナリズムとはいえない』ということになる。」
と書かれているが、本書はその理由を述べた書である。
本書の、
「日本で普通に考えられているジャーナリズム、即ち速報性をその最優先業務とするメディアは海外ではワイヤーサービスつまり通信社の事を指し、海外でのジャーナリズムとは単に時事的な事象を報じるだけでなく、さらにもう一歩進んで解説や批評を加える活動を一般的にジャーナリズムと呼んでいる。」
という部分を読むと、確かにまともな解説や批評もなく、日々記事を垂れ流すだけのことが多い最近の日本の新聞は、もはやジャーナリズムとは言えないと思える。
その他、悪名高き日本の記者クラブの閉鎖性や、匿名記事が当たり前の日本の新聞と署名記事が原則のアメリカの新聞との違い等が、著者の体験談を交えて書かれていて、日本の新聞やテレビ記者の実態が良く分かる内容になっている。
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真贋・・・吉本隆明、講談社インターナショナル、1,600円(★★★)
最近の著者の本に多いインタビューを起こして本にしたもので、文章も平明で内容的にも分かりやすく書かれているので読みやすい本である。
著者が長い思索の末に辿り着いた到達点である自らの思想の内容を、このような形であれ次の世代に伝えようとする著者の思いは伝わってくるが、このような形の本では、何故著者がそう思うのかという根拠を明確に示すのは難しい部分もあるように思われる。
発売以来約1年で9刷まで出ていると言うことは、かつての著者を知らない若者達にも読まれていると言うことであろう。
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人生生涯小僧のこころ・・・塩沼亮潤、致知出版社、1,600円(★★★)
「大峯山千日回峰行」は、往復48km、到底差1300m以上の山道を1日16時間かけて往復する事を、9年の歳月を掛けて1000回繰り返す行である。
本書の著者は、32歳でその「大峯千日回峰行」を満行した塩沼阿闍梨であり、本書に書かれている内容自体は分かりやすく、いわば当たり前のことが多いのであるが、千日回峰行と言う著者の苦行の体験に裏打ちされた言葉であるだけに説得力を持っている。
ただ、以前他社から出版された曹洞宗の管長を勤めた板橋老師との対談集である「大峯千日回峰行」の内容と重複する部分が多かったのが少し気になった。
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クライマーズ・ハイ・・・横山秀夫、文春文庫、629円(★★★)
1985年の日航機の御巣鷹山墜落事故の当時、墜落現場である群馬県の地元紙である上毛新聞の記者であった著者が、それから17年後にあの事故の体験を小説化したのが本書である。
本書の主人公は、架空の地方紙の日航機事故の全権デスクに指名された男であるが、未曾有の事故が起こった割には、それを報道する側の地方紙の内部で行なわれているのは、相も変わらぬ派閥争いや権力闘争である。
ある場所で著者は、この作品に関して、「私自身が記者として経験した、野心、保身、邪心をさらけ出した」
と語っているが、そうした部分の赤裸々さがこの作品の魅力であると同時に、読後にある種の後味の悪さを感じさせる理由でもあるように思えるのである。
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ダモイ遙かに・・・辺見じゅん、メディアパル、1,500円(★★★)
本書は、平成元年に出版され、大宅壮一ノンフィクション賞などを受けた「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を元に、新たな取材などを付け加え小説形式にした本である。
本書の主人公である山本幡男氏は、極寒のシベリア抑留生活の間、終始収容所の仲間達を励まし続け、自らはダモイ(帰国)を前に収容所で病死してしまった人物であるが、彼を慕う仲間達は、彼が死の直前に書いた遺書を何とか残された彼の家族に届けようとする。
この物語も、日本軍の将兵達だけではなく、民間人、満蒙開拓青少年義勇軍の10代の若者などを含め、60〜70万人の人間がシベリア各地に設けられた収容所に入れられ、酷寒の地で、餓えと厳しい労働によって約1割の人間が死んでいったと言われるソ連軍による違法な強制連行の悲劇のひとつを描いたものである。
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物乞う仏陀・・・石井光太、文春文庫、619円(★★★★)
刺激的なタイトルに惹かれて手に取った本である。
1977年生まれの著者がアジアの国々を訪れて、普通の旅行者やジャーナリスト達が目を向けようとしない、その国に住む障害者や物乞いをする人々の生きる姿を取材し、その背後に横たわる現実を描いたノンフィクションの力作である。
彼が訪れた国々の内、カンボジアやラオスやでは毎年多くの人間が地雷の為に手足を失うが、元もと貧困の中で暮らしている彼等にとっては、地雷の被害で障害者になることは、そのまま物乞いの生活に入らざるを得ないことを意味するのである。
また、ミャンマーのハンセン病の村で暮らす63歳の女性の、「私はずっと病気で苦しんできた。でも、今までそれに耐えてこられたのは、来世の幸せを考えてきたから。今我慢して正しい行いをすれば、きっと来世は幸せになれるといいきかせてきたからなの。・・・なのに、もし輪廻転生がないってことになったらどうなるの?私はただ苦しむために生まれてきたことになるの?」
と言う言葉に対し我々は一体何と答えればいいのであろうか?それ以外にもこの本にはタイやベトナムやスリランカ、ネパールなどの障害者や物乞い達の姿も描かれているが、その中でも圧巻は、誘拐してきた子供達の手足を切断して障害者の物乞いに仕立て上げるインドのムンバイのマフィアが支配するコロニーの話である。
読み終わっても重苦しい気分が抜けそうにない内容の本であるが、著者が言うように、「これが事実なのだ、これが世界なのだ。」
と言うことである。
著者のウッブサイトには本書の取材写真なども掲載されている。
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のぼうの城・・・和田 竜、小学館、1,500円(★★★)
著者の小説デビュー作で、昨年末の発売以来順調に売れているようである。
天下統一を目指す秀吉が北条氏の籠もる小田原城を攻めているころ、石田三成は秀吉から、周囲を湖で囲まれ「浮城」と呼ばれていた武州にある忍(おし)城攻めを命じられた。
住民から「のぼう様」と呼ばれた総大将成田長親率いる籠城軍はいかにして数十倍の敵と戦ったのか。
また、「のぼう様」は果たして単なる「でくの坊」であったのか。
読みやすく一気に読める本であるが、その分読み終わった後に、
「ストーリーや人間描写もうひとひねりあればなあ!」
と言う思いもする内容である。
蘇我氏の古代史・・・武光 誠、平凡社新書、760円(★★)
6世紀の中頃に大和政権の中枢に突如現れ、その後約100年にわたって勢力を誇った蘇我氏は、その出自も明らかでない氏族である。
「謎の一族はなぜ滅びたのか」と言うサブタイトルに惹かれて読んでみたのだが、余り目新しい見解は見られなかった。
まあ、蘇我氏の事を書くのに新書本一冊では、概略を書いただけの入門書くらいにしかならないのは仕方がないことであるが・・・。
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甘粕正彦 乱心の曠野・・・佐野眞一、新潮社、1,900円(★★★★)
関東大震災後の戒厳令下で、大杉栄一家を虐殺したとして獄に繋がれ、その後満州に現れ、「満州の夜を支配した男」とまで言われた元憲兵大尉甘粕正彦の波乱に富んだ生涯を描いたノンフィクション大作。
巻末の「主要参考文献」の膨大さが示すように、数多くの文献に当たり、数多くの土地に足を運び、数多くの人間に取材した著者は、従来の「主義者殺し」の残忍な男と言う甘粕像をことごとく覆していく。
本書で著者は、「甘粕は大杉栄等を殺してはいない。」との立場を取っているが、もしそうだとすると、一体何故に甘粕は身に覚えのない「大杉一家虐殺」の罪を引き受けたのか?
大杉事件に関しては沈黙を守ったまま彼は、大日本帝国と運命を共にするかのように、終戦から数日後に「満映理事長室」で青酸カリをあおって自決を遂げた。
単行本で500頁近くの大作であるが、読み応えがある作品である。
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岩倉具視・・・永井路子、文芸春秋社、1,524円(★★★★)
一介の貧乏公家の身から明治政府の元勲にまで上り詰めた岩倉具視を描いた、構想40余年、著者自らが「これが最後の仕事」という作品。
明治維新の立役者でありながら、一方では孝明天皇を毒殺した張本人とも言われる岩倉具視を、著者はサブタイトルにもなっている「言葉の皮を剥ぎながら」、丹念に資料を読み込み、それに洞察と分析を加え、従来とは違った具視像を描き出している。
孝明天皇暗殺の嫌疑に関しては、本書の中で著者は、
「具視には天皇を殺す理由がないし、具視の妹も当時は天皇のそばにいなかった。」
と明確に嫌疑を否定している。また、「尊皇攘夷」や「王政復古」に関しても、遠慮無く言葉の皮を剥いで、その実態に迫ってゆく。
その結果現れてくるものは、例えば
「宮さん宮さん・・・」
の歌でも有名な、明治政府軍の象徴とも思われている「錦の御旗」に関しても、
「もともと本物などはないのを承知で、具視がぬけぬけと『錦の御旗』を作らせたと言うことになる。」
と言うことなのである。
さすが著者が長い間暖めてきた題材だけに、読みやすい上に読み応えがある内容に仕上がっている。
エクサバイト・・・服部真澄、角川書店、1,700円(★★)
平家の時代を描いた「海国記」や空海の生涯を描いた「最勝王」などの時代小説を書く一方で、本書のような先端技術が登場する近未来小説をも手がける著者の最新刊。
本書は、各自が額に装着した超小型カメラで自らの日常を録画する様になった近未来を舞台にした小説であるが、アイデアとしては新鮮さが無く、その時代であれば当然考えられる記録データの捏造や改ざん等の問題が、予想外の大事件のように語られても読者としては、白けてしまうのである。
また超大容量の超小型カメラやそれに関する情報技術以外の部分に関して、近未来らしさが殆ど出ていないのも物足りないし、主人公と母親との関係に関しても尻すぼみのような感じでインパクトがなかった。
要するに「自らの見聞きしたものを全て記録出来る胎内内蔵型の超小型カメラ」と言うありきたりのアイデアに多少の肉付けをしただけの作品であり、著者が問題にしたかったのかもしれない「記憶」と「記録」の問題や、残された過去の歴史と実際に起こった事実の問題等も突っ込み方が浅いように感じられた。
因みに表題の「エクサバイト」とは、ギガバイト、テラバイト、ペタバイトときて、その上の単位である。
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仏教思想へのいざない・・・横山紘一、大法輪閣、2,100円(★★★)
本書は、サブタイトルに「釈尊からアビダルマ・般若・唯識まで」とあるように、唯識思想関係の著作も多い著者による一種の仏教思想の入門書である。
それなりに分かりやすくは書かれているのだが、いくら入門書とは言え、幅広く網羅しようとしたために、例えば唯識思想に関してわずか数十ページしか費やしていないような形になってしまっているのは少し中途半端な気がする。
まあ、著者としては取りあえずは読者に少しでも唯識思想に興味を持って貰えればよいのかもしれないが・・・。
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杖下に死す・・・北方謙三、文春文庫、629円(★★★)
米不足が深刻化する大阪で1937年に起こった「大塩平八郎の乱」を背景にした長編歴史小説。
もっとも、この小説における主人公は平八郎ではなく、江戸からやって来て平八郎の息子格之助の友人となった剣豪の青年である。
著者はこの主人公の目を通して、「大塩平八郎の乱」を単に一人の元与力が米不足に苦しむ民衆のために立ち上がったと言う単純な行為ではなく、その背後には幕府内部の権力争いや、朝廷に取り入ろうとする薩摩藩の動き等、様々な要素が絡み合った末に起こった事件として描いている。
不器用に・実直にしか生きられない故に、正義を信じて父親の挙兵に参加するしか道のない格之助の命を何とか助けたいと願いつつも、一連の流れの傍観者でしかありえなかった主人公。
この二人の男の間に不思議な友情を成立させるのが著者の世界である。
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病葉(わくらば)流れて・・・白川道、幻冬舎文庫、686円(★★★)
テレビドラマにもなった小説「天国への階段」の著者によって書かれた、自伝的要素の濃い長編小説。
大学に入学したばかりの18歳の主人公は、麻雀を覚え、急激に博打の世界にめり込んでゆく。
やがて盛り場の雀荘に出入りするようになった主人公は、当然のごとく酒や女を知る。
「病葉流れてU(朽ちた花びら)」と合わせて2巻で、主人公の大学時代の麻雀に明け暮れる生活が描かれる。
名作「流星達の宴」の著者の作品として期待して読んだのだが、麻雀を素材にしたギャンブル小説としては、、阿佐田哲也の名作「麻雀放浪記」に較べると、イマイチの感がする。
もっとも、麻雀に少々のめり込みすぎたものの、大学をやめることもなく最後には卒業してしまう青年を主人公にした小説を、「麻雀放浪記」と比較するのは酷のなのではあるが・・・。
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小説ヘッジファンド・・・幸田真音、講談社文庫、514円(★★)
ベストセラーになった小説「日本国債」の著者によって、まだ「ヘッジファンド」や「金融派生商品」などの言葉が一般化する以前の1995年に書かれたデビュー作。
著者自身が、かつて外資系の金融会社で債権のディーラーをやっていたという体験があるために、金融の世界には詳しいのであろうが、「ヘッジファンド」自体の仕組みがある程度明らかになった今では、ストーリー的には、劇画の主人公のようなスーパーレディーを主人公にした稚拙な小説である。
とりわけ「終章」に至っては、「何をか言わん!」である。
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天を衝く・・・高橋克彦、講談社文庫、全3巻(695円〜733円)、(★★★★)
「炎立つ」、「火炎」に続く著者の陸奥を舞台にした歴史小説3部作の最後の作品である。
サブタイトルにも「秀吉に喧嘩を売った男九戸政実」とあるように、僅か5千人の九戸党を率いて10万の秀吉軍に立ち向かった戦の天才九戸政実の生涯を描いた長編小説である。
著者自身もあとがきに、「戦国時代の歴史を扱いながら、東北の片隅の小さな領土争いなどを詳しく描いてどれほどの意味があるのかと自問自答を繰り返しながら、それでもこれを書かなければ九戸政実が理解されないと無理に言い聞かせて続けた。」
と書いているが、実際に2巻あたりを読んでいる時には、
「何故著者は、これほど執拗に小さな領土争いや勢力争いのことをくどくど書くのだろう。」
と思っていたが、結果的にはそれがなければ最後の10万の秀吉軍相手の籠城戦のリアリティもありえなかったであろう。
3部作を合わせて文庫本で10冊、「風の陣」を合わせると14冊。
充分に堪能したので、しばらく著者の本を手に取ることはないであろう。
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あの戦争から遠く離れて・・・城戸久江、情報センター出版局、1,600円(★★★★)
サブタイトルに「私につながる歴史をたどるた旅」とあるように、本書は著者が中国残留孤児である自分の父親の人生を追ったドキュメンタリーである。
著者の父親は、日中国交回復二年前の1970年に自力で帰国したが、これは厚生省による孤児たちの訪日調査が始まる十年以上も前のことである。
自分自身の力で身元を探し出し、文化大革命の最中に、ほとんど命がけで帰国を果たした父親は当時28歳であった。
その後父親が日本で結婚して生まれた娘が著者である。
その著者は、中国の大学に留学したことをきっかけに、残留孤児として生きた中国での父親の人生をたどり始める。
父親が中国で生きた時代の事を描いた第一部とその父の人生を著者がたどる第二部からなる450頁余りの本であるが、彼女が父親の人生に興味を持ち、この書を書かなければ、彼女の父親が歩んだ苦難に満ちた前半生も、その父を我が子のように愛し続けた父の養母の事も、決して父の口からは語られることはなかったであろう。
久々に、骨太で感動的な本に出会った気がする。
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炎立つ・・・高橋克彦、講談社文庫、全5巻(648円〜695円)、(★★★★)
NHK大河ドラマの原作にもなった著者の代表的作品で、11世紀半ばの「前九年の役」から12世紀末の奥州藤原氏の滅亡までの150年の間に、陸奥の地に「楽土」を築き上げようたした男達の闘いとロマンを描いた長編歴史小説。
基本的に物語は朝廷と当時は蝦夷と呼ばれた東北の民との対立を軸に展開されるが、ともすれば「朝廷に対する蝦夷側からの反乱」と見られがちな争いを、東北出身で今も盛岡に住む著者は、一貫して「蝦夷の側から闘いを仕掛けたことは無い」との認識にもとずいて、あくまで蝦夷側の視点からこの時代の東北地方の歴史を描いており、陸奥の地に楽土を築くために自らの命をも捧げた男達のロマンをも同時に描いている。
全5巻と長い作品であるが、この時代の東北の歴史に対する知識が無くとも、読んでいる内に思わず引き込まれてしまう内容の書である。
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邪馬台創世記(やまとそうせいき)・・・黒須紀一郎、作品社、1,800円(★★)
このページでも取り上げ高い評価を与えている、「覇王不比等」や「婆娑羅太平記」などの著者である黒須紀一郎の久し振りの新刊で、 蘇民将来の子孫である出雲の大王の息子(大歳)が、邪馬台(やまと)を建国する過程と、その後神武天皇によってその国が奪われる過程が描かれている。
著者が初めて古代史を描いたという点で期待して読んだのだが、その割には期待外れの感がした書である。その理由は、
「何故著者が蘇民将来の子孫が作った国が、神武によって奪われたと考えるたのか?」に関しての説明がないという点や、これまでの著作に較べると説明的な記述が多く、物語の躍動感が足りない等の点が上げられる。
せっかくの著者の古代史物なのだから、内容からしても一巻にしないでもう少し長いものを書いてもよかったのではと思わせる一冊である。
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火怨・・・高橋克彦、講談社文庫、上巻 762円 下巻 781円(★★★★★)
第34回吉川英治文学賞を受賞した上・下2巻の長編歴史小説。
舞台は8世紀の陸奥である。
それまで中央政権とは無縁に自然に包まれて蝦夷達が平和に暮らしていた陸奥の土地から黄金が産出されたことにより、陸奥の地に朝廷が支配の手を伸してくる。
その時、押し寄せる朝廷の大軍に対し蝦夷達を率いて戦ったのが、この小説の主人公である蝦夷の英雄「阿弖流為」(アテルイ)であり、朝廷軍の度重なる進撃を退けたアテルイ達の前に、やがて立ちはだかる事になったのが征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂である。
物語の後半、蝦夷の子供達の未来のために命を捨てる覚悟を決めたアテルイ達は、田村麻呂を相手に思いもよらぬ策に打って出る。
アテルイや彼の仲間達の悲しいほどの熱い思いが、行間から溢れ出てくるような読み応えがある小説である。
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風の陣(風雲編)・・・高橋克彦、PHP研究所、1,700円(★★★)
下の3作に続く「風の陣」の第4巻で、称徳天皇の病に乗じて復権を企む藤原一族の姿と、怪僧道鏡の没落へ過程を背景に、主人公である道嶋嶋足や彼とともに蝦夷達のために働く物部天鈴や坂上刈田麻呂(田村麻呂の父)達の描いている。
「風の陣」のシリーズ中現在までに刊行されているのはこの第4巻(風雲編)迄であり、続く「風の陣」(裂心篇)は、現在月刊文庫「文蔵」(PHP文庫)に連載中である。
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風の陣(立志編、大望編、天命編)・・・高橋克彦、PHP文庫、
各巻648円〜800円(★★★)
蝦夷の青年嶋足を主人公に、8世紀中頃の蝦夷の地における黄金発見に端を発する蝦夷と中央政府の権力抗争を描く長編歴史小説で、現在までに文庫化されてのがこの3巻である。
物語の背景として、まず「立志編」では、陸奥から都に出た蝦夷の青年嶋足が巻き込まれることになった橘奈良麻呂の乱の様子が描かれ、次の「大望編」では、天皇を操って絶大な権力を握った藤原仲麻呂(後の恵美押勝)の時代を、また「天命編」では、女帝を誑かして権力を握り、やがては皇位を狙うに至る怪僧道鏡の台頭振りを描くなど、スケールの大きな歴史ロマンの世界が描かれている。
文庫本でもあり、この時代の歴史に詳しくなくとも、本書を読んでいるうちに自然に時代の流れが理解出来るような書かれているので、手に取り易い本である。
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皇子達の南北朝・・・森 茂暁、中公文庫、933円(★★★)
鎌倉幕府を倒して天皇親政を実現した後醍醐天皇には数多くの皇子達がいたが、本書はその中でも、後醍醐の手足となって討幕運動や、南朝の存続のために果敢に戦った何人かの皇子達の姿を描いた書である。
父後醍醐の強烈な個性の陰に隠れ勝ちな皇子達の活動に焦点を合わせた本書は、
「未曾有の混乱期におけるこれらの皇子たちの足跡を、まことに素朴、かつ実証的に追いかけ、もって彼等の歴史的役割を南北朝史の中に位置づけることをめざした」(「まえがき」より)
書であるが、同時に本書は後醍醐天皇という極めて野心的な人物に使い捨てられていった皇子達への鎮魂歌にもなり得ている。
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メフェナーボウンのつどう道・・・古処誠二、文藝春秋、1,700円(★★★★)
前作「敵影」で直木賞の候補にもなった著者の最新作。
太平洋戦争末期、英印軍の攻勢の前にラングーンの兵站病院に撤退命令が出され、日赤従軍看護婦達も約300キロの道のりを歩いて撤退することになる。
本書は、その中の一人の看護婦を主人公にした物語である。
看護婦、傷病兵、在留邦人達はさまざまな思いを胸にイギリス軍の空襲が続く撤退道を行く。
彼等や敬虔な小乗仏教徒であるビルマ人達は、自らの心の中に何を見たのか?
偽りは相手の心にではなく、自らの心の中にこそ潜んでいたのである。
読む前は意味が分からなかった題名も、読み終えると「なるほど!」と納得出来る題名である。
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親鸞と一遍・・・竹村牧男、法蔵舘、2,800円(★★★)
我が国において法然の浄土教思想を更に発展させ、「悪人として自覚するしかない凡夫」が救われる教えを説いた「信心」の親鸞と「名号」の一遍。
この二人の宗教家は、出自や私生活や思想内容において極めて対照的でありながら、自力というものを徹底的に否定し、阿弥陀仏の本願を頼む絶対他力という点では共通している。
本書は、「一遍と対比した時親鸞がよく見えてき、親鸞と対比した時に一遍がよく見えてくる。」
と考える著者の、二人をともに考察することによって浄土教そのもののに対する理解を深めようとする試みを一冊の本にしたものである。
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お家さん・・・玉岡かおる、新潮社、上・下各1,600円(★★★★)
明治時代に神戸の一介の個人商店として出発し、主人の死後大番頭を中心に猛烈な勢いで成長を続け、大正時代には三井、三菱を凌ぐ売上を記録する巨大商社になりながら、昭和2年の金融恐慌によってあえなく倒産した幻の商社「鈴木商店」の歴史は、それ自体が壮大なドラマである。
本書は、その幻の巨大商社「鈴木商店」の急成長から崩壊に至るまでの歴史の中で、様々な人間によって演じられたドラマを、「鈴木商店の」女主人であった「鈴木よね」の目を通して描いた小説である。
上・下2巻の長編小説であるが、読み出したら一気に最後まで読んでしまいたくなる作品である。
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敵影・・・古処誠二、新潮社、1,500円(★★★)
太平洋戦争の末期を舞台にした読み応えのある作品を描き続けている著者の最新作。
時代は太平洋戦争の終戦の前後で、舞台は沖縄の捕虜収容所である。
この世の地獄のような激しい戦の中で傷を負い、図らずも捕虜となり収容者に送り込まれた本土出身の主人公は、捕虜となった罪悪感から偽名を名乗って暮らしている。
収容所の中で捕虜達は罪悪感や生き延びた後ろめたさからか、元上官や自分達を見捨てた者達の中に、あるいは自らの中に必死に敵の姿を求めようとする。
だが、果たしてそれらは本当の敵であろうか?
そもそも最初から、
「敵などどこにもいなかった。」
のでは?これまでの著者の作品と較べると地味な印象を受ける作品であるが、読み応えがある作品である。
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中原の虹(第4巻)・・・浅田次郎、講談社、1600円(★★★★)
第3巻の刊行から半年振りに刊行された「中原の虹」の最終巻。
明朝末期、草原の勇者達に率いられた女真族は長城を越え清朝を樹立した。
その女真族の英雄達の姿と、彼等が樹立した清朝の末期に張作霖に率いられて長城を越えようとする馬賊の姿や、彼等を取り巻く当時の中国の状況を並行して描いた長編小説であるが、両者を描こうとした故に第3巻辺りでは少し話が先に進まなくなった感じでもどかしい思いもしたのだが、さすがに最終巻は一気に読ませる内容である。
この本の謳い文句は、著者の最高傑作とも言える「蒼穹の昴」の続編と言うことで、この小説にも「蒼穹の昴」の登場人物達のその後も描かれてはいるが、残念ながら本書は「蒼穹の昴」の域にに達していないように思われる。これは本書が面白くないの分けではなく、それだけ「蒼穹の昴」が素晴らしい作品であると言うことである。
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はぐれ鷹・・・熊谷達也、文藝春秋、1619円(★★)
現代の東北を舞台に、鷹匠になる為に高齢の鷹匠に弟子入りした青年の姿を描いた長編小説。
本の帯には、「直木賞受賞作『邂逅の森』に連なる感動作」
と謳われているが、この小説を著者の山本周五郎賞、直木賞のダブル受賞作品と較べるのは、いささか無理がある。
師匠のもとを離れるくだりや作中で描かれる幼なじみとの恋愛は少々子供じみているし、新たな鷹を手に入れるにいたる過程なども余りにも御都合主義的で読んでいて全然感情移入が出来なかった。
好きな作家の作品で、期待して読んだだけに残念な気がする作品である。
ブッダはなぜ子を捨てたか・・・山折哲雄、集英社文庫、714円(★★★)
北インドのシャカ族の王子シッダールタは29歳の時に家を捨て「出家」しているが、その時には既に妻帯しており、生まれたばかりの子供がいた。
その子供の名はラーフラ(悪魔)という。
シャカの出家は、人間の生・病・老・死の四苦との関連で「四門出遊」という物語として語られるのが常であるが、それを視点を変えて彼の妻や子供の側から見れば、一方的に妻子を捨てた家出でしかない。
しかし、捨てられた子はやがて父の10大弟子に数えられるまでになる。
そのブッダの説いた教えは、日本の仏教とは余りにも違う内容のものであった。
本書で著者は、「家出」・「子捨て」というブッダの生涯最大の謎に挑むと共に、ブッダの思想の神髄を明らかにしようと試みているが、建前はともかく、新書本一冊の中で為しえる作業には自ずから限りがあるのである。
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親鸞の核心をさぐる・・・佐藤正英、青土社、2472円(★★★★)
『歎異抄論注』において親鸞研究に新局面をひらいた倫理学者である著者が、昭和60年3月から平成2年8月にかけて行なった梅原猛、吉本隆明、五来重ら日本の思想界を代表する5人の親鸞研究の第一人者たちとの親鸞をめぐる討議を一冊にまとめた本である。
従来からの通説や教団による歪曲された親鸞像に囚われることなく、人間親鸞の実像及びその思想の核心に迫ろうとする気迫に満ちた討論は、時として、読んでいる方も思わず引き込まれるラディカルな内容を伴っている。
中でも、親鸞の信と不信をめぐっての吉本隆明との討論や、元大谷大学の学長で部落差別の問題に心を寄せる広瀬 杲との討論は内容的にも興味深かったが、それに引替え東本願寺門首の次男として生まれた大谷暢順の場合は、立場上からか固定化した親鸞像を固守する為に議論が噛み合わなく、歯がゆく感じられた。
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邂逅の森・・・熊谷達也、文春文庫、657円(★★★★)
東北を舞台にした作品が多い著者が、秋田のマタギの里に生まれた男の生涯を描いた長編小説で、2004年に第17回山本周五郎賞及び第131回直木賞をダブル受賞した作品である。
大正時代、秋田の貧しい小作農の子としてマタギの里に生まれた主人公は、地主の娘と恋に落ち、それが原因で村を追われる。
鉱山で働きつつも、狩りへの思いを断ちけれない男は、やがてあるきっかけから再びマタギを生業とするようになった。
当時のマタギの生活や狩猟の様子はもちろん、夜這いや遊郭といった風俗や炭坑の様子なども克明に描き込んだ骨太の作品である。
巻末の解説の中に作家の田辺聖子が、
「私は佳き小説に邂逅したことを喜ぶ。」
と書いているが、けだし同感である。
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