〜蔵人二十五周年に寄せて〜
『蔵人の思い出 エトセトラ』
美和子さん、トシ丸マスター、開店25周年、おめでとうございます。
しかし、凄いものですね、個人経営の飲食店で25年も継続するなんて。
ホントに大したもんです。これはひとえに、お二人の人柄プラス血と汗と涙(マスターの汗は、すでに枯れきったとの事ですが)、さらに酒精、くわえてバイトの女の子の色香、おまけに水餃子の美味さ、イカ丸にもれなく付いてくる日本酒・・そういったもろもろの結晶ゆえの"快挙"なのでしょうね。
拍手、拍手。大拍手。いやいや、マジで凄いことだ。
大体、店年齢が25歳ということは、人間に換算したらいくつぐらいになるんですかね。
「25歳に決まってんじゃんよ」なんて茶々入れる奴は、シャラップ!
半年持ちこたえられない店だって、結構あるってのに。ひどいのになると、オープン前にオーナーが変わり、シャッターを一度も開けずして閉店、なんてケースさえあります。思うに、検非違使に匹敵する歴史を持つらしい「蔵人」という名前の力(言霊パワー?)も大きいのでは?
これは、今年、初めて授かった子供の命名に頭を悩ませぬいた私の実感です。
例えば「スナック みわこ」「バー&スナック トシちゃん」「スナック どん底」「地下牢」「和風スナック ワシが松本や」なんて名前だったら、店も違った運命をたどったような気がするけど、如何なもんでしょう。
※それが証拠に、マイク真木の息子も、スキャンダルだらけなのにたけし映画の常連だし、ジャン・蔵人・ヴァンダムも根強いゲイ疑惑がありながら、アクション俳優としての地歩を固めています。きっと縁起の良い名前なんですヨ!私ら、たまに通ってる客なんて、舞台裏の大変さは想像するしかないのですけど、四半世紀もの間、夫婦で店をつづけるとなれば、嵐も来れば風も吹こうし、どちらかに恋人ができてギクシャクしたことがあったかも知れないし(一般論ですよ、一般論!)、それこそ美和子さんが旅行したり家出したりしても店は開けなきゃならないし、マスターが大病しても事情は変わらず(術後の経過、順調のご様子、何よりです)で、ずーっと続けてるってことにひたすら感心します。
バブル期は、混んでましたっけねえ。
電車がある時間は、なかなか入れなかった記憶がありますもん。
あの頃は、その日の売上げをミカン箱に詰め込んでぎゅうぎゅう踏んづけ、「このままだと、店の名前、『蔵建て人』に変えなきゃね、おーほほほ」「せやなぁ。けど、せやったら、いっそ『黄金の蔵建て人』に変えへん?げひょ、げひょ」なんて会話がお二人の間でかわされた日もあったんでしょ?え、ない?
逆に、バブルがポンと弾け、不況が長引き、業を煮やした二人は店を始めたばかりの頃の熱血と気概、清貧さを思い出すために、キャベツばかりを齧って飢えをしのぎ、雨降りの夜、たまぁーに、おでん。月に一度の贅沢でお酒をちょっぴり飲んだりしたとか・・。え?ますます、ない?しかし、どんな裏事情があっても、いつも同じトーンの店の空気、佇まい。料金も変動相場制にあらず。素晴らしい!!
私が当時の同僚だったセツ子さんに連れられて、初めて蔵人に足を踏み入れたのがかれこれ14年前ですから、よく考えると現在の私は、初めて会った頃の美和子さんやマスターより、四つ五つ歳をとってしまったわけで、それを思うと「二人は大人だったなぁ」と、いつまでも大人になりきれない私は、今、しみじみと思います。
当時、職場も住まいも西新宿にあった私は、すぐに店の雰囲気が気に入って通い出した(閉店まで粘っても、歩いて帰れる喜び!)のですが、ある週末、私に道をつけたセツ子さんがカウンターに入っているのを発見した時は、心底びっくりしました。
こう言っちゃなんですが、彼女は確かに仕事は出来るとはいえ、ややトウが立ったキャリアOLで、はっきり言って、水商売のミの字もない人間です。そりゃ、英語は堪能だったので、外人客が来た時には役に立つかも知れませんが、蔵人に一見の外国人が案内役なしに来るというのは考えられませんものねえ。昼間、てきぱき働いているのを見ている私には、多分、「嫣然と」というのを本人が勝手にイメージして作っている"営業用スマイル"で「あら。いらっしゃい。・・お久しぶり」なんて出迎えられるのは、実に違和感がありました。
それに、「久しぶり」って、昼にオフィスで会ってるっちゅーんねん!お化粧ばっちりで、ゲイボーイみたいな仕上がりになってるし・・。蔵人もよっぽど人手不足なんだなあ、なんて思ってたのですが、後日、彼女から蔵人でバイトを始めた理由を聞いて、唖然としました。
「大好きな村上龍が来ているのを見た。もう一度、会いたい」っていうんですから。
つまり、FBIの捜査官がショウガールになって、容疑者を張りこみしてるのと、状況は一緒です。ちいママ特務捜査官です。
見間違いじゃないの?という私に「蔵人の暗い片隅に甲斐よしひろが座っていても、龍サマと見間違えるワタシではない」と言いきっていました・・・。(甲斐よしひろなんて、村上龍より来るわけねーだろ、蔵人に!)
関係者の皆様、その節は、たいへんご迷惑をおかけしました。セツ子さんに成り代わり、お詫び申し上げます。マスターに聞いたら「え?村上龍は、来てへんなァ・・。けど、○×君といい、せっちゃん、ずんぐりむっくりが好きやねんなあ」との返事。
あのねえ、マスター。村上龍は、あの体型でファンを魅了しているのではないのですよ。そのデンで言ったら「私、松本清張大好き」というご婦人は、もれなく分厚い下唇フェチ、あるいは深海魚顔専になってしまいます。そのセツ子さんも、今や渡仏し、その可能性は低いなあ、と思われていた結婚をし、そんなのあり得るのかなあ、と言われていた出産までして(とっても美形な女の子だそうで、セツ子さん、おめでとうございます)、日本に帰ってきた際は蔵人にも一家で顔を出しているそうですから、月日の流れる早さをありありと実感します。
当時の同僚で、セツ子さんとも同じ九州人同士、仲の良かったカズ君ともよく連れだって通いました。
彼は、もともとは酒豪だったらしいのですが胸を病んでサナトリウムから生還したばかりだったので、体重が20キロ近くも落ち(マスターの先駆者です)、それなのに昔のイメージで飲む(チビッコのみんな!・・もとい、良い子のトシちゃん!危ないから、ぜったい真似しちゃ駄目だよ!)ものだから、すぐ悪酔いしてカウンターに突っ伏したまま熟睡してしまい、よく寝ゲロを吐いては美和子さんの手を煩わせてました。
成り代わり、謝ります。
どうも、申し訳ありませんでした。
ですが、カズ君も、その後、またとない伴侶に恵まれ、今や、酔っても「暴れず、吐かず、からまず」(これをズズズ三原則と称する)の立派な紳士に更正しております。
カズ君よ、チミの功成りとげた姿を見せに、近々、蔵人に寄ろうじゃないか。カズ君と言えば、彼が生まれ育った宮崎のナントカ町では酔って男たちが議論を戦わせるのは「当然の心得。美風。たいへん男前なこと」なのだそうで、マスターにもいい加減酒が回った深夜、酔っ払い同士(しかも、二人とも議論上戸)のシナジー効果というのか、類が友を呼ぶ酒乱の相乗効果というのか、彼の喋る宮崎訛りの広島弁が混じった関西弁(巻き舌かつ大声。解読不能の巨大なノイズ)とマスターの「ブレーキの壊れたFTマシン」化した超絶早口関西弁がぶつかり合ってスパークして青い炎が燃え上がっていたのも、今となっては良き思い出です。
ええ、充分、「モスラ対キングギドラ」「アンドレ・ザ・ジャイアント対スタン・ハンセン」に匹敵していましたとも。
その頃は、「内容がサッパリ分らん場合でも、"言葉の暴力"というのは、存在するのだなあ」と思って、耳をふさいで酒を呷っていたのですけど。
あんな"人間楽器"のフリージャズ合戦やられた日にゃあ、本人どころか連れの私だって悪酔いしますって。カズ君以外にも、マスターと熱い会話をかわしてる人、いっぱいいましたねえ。
極めて酒癖が良いはず(?)の私にしてからが、「それは違う!あれは、こうだ!」と大激論をしたあげくに、やっと辿り着いたトイレで戻してしまった記憶が何回かあります。あ、そうそう。思い出しました。
何年か前、どういった事情か忘れましたが、一年近くも蔵人に顔を出さずにいて、久しぶりに新宿で旧友と飲んだおり、蔵人になだれ込んだ時のことです。
「おお!?どしたんや、気にしとったんやでえ」といつになくハイテンションのマスターに迎えられ、「ボトル切れてるはずだから、新規で」と言っているのに「いやいや。あったはずや」と、棚をしつこく検索してくれて、しばらくしたら、いつも飲んでいた銘柄がちゃんと出てきたことがありましたね。おお、俺のボトルまだ生きてたかぁ、と単純に喜んだのですが、良く見れば、確かに私の名前が書かれているけれど、筆跡が違うし、酒の量が多過ぎる。
多分、美和子さんが書いてくれたのでしょう。
その日は、いくら「ニューボトルを」言っても、「まあまあ。飲みきってからでええがな。次回、次回」と、受けつけて貰えませんでした。常連の人なら分かって頂けると思うのですが、蔵人には、ただの居心地の良さに納まりきれない何かがあって、ひょっとしたら風水的にエネルギーが集中する場所に位置しているのか、それとも店主夫妻の有するカリスマが、不思議なエネルギーを秘めた人々を引き寄せてしまうからなのか、はたまた欲望渦巻く歌舞伎町に残留する色情が流れ込んでくるからなのか、ピラミッドパワーならぬ「蔵の中」パワーで、店内が妖しい磁力を持った異空間と化すことが、ままあります。
そういや、通い始めの頃、同僚軍団と大勢で飲んでたら、ひとり減り、ふたり減りして、残った連中みんなへべれけで、北朝鮮のテロリスト金賢姫によく似た同じ部署の子が、いきなり床に膝をついて、座ってる私の腿に頭を乗せてきたりしたこともあったなあ。
こりゃイカン、いかなる"ものの怪"の仕業か、と慌てて水をガバガバ飲ませたら、急にしゃんとして帰って行ったけど、あれはきっと「お持ち帰りして」ってサインを読み違えてしまったんだろうなあ。無念だなあ。
今ごろ気付いてもなあ。しかし、そうは言ってもなあ。
俺も独り者で、何の縛りもなかったんだが。惜しいことを。
いやいや。しかし、しかし。あの頃は「お持ち帰り」なんて概念、一般的じゃなかったし、やむを得んよなあ。
翌日から、急にヨソヨソしい態度を取られるようになったけど、しょうがないよなあ。
・・・あれも、蔵人のマジカルパワーが成せる業ですよ、多分。
不思議と、感情が昂ぶる場所なんですよ、蔵人は。
私自身、泣き上戸でも酒乱でもないのに、感極まって、涙が吹きこぼれたことが一、ニ度ありましたし、前述のカズ君にしたって、あそこまでの醜態をイチロー以上の高い打率でかっとばしていたのは、私の知る限り、蔵人だけでです。格好つけて表現すれば、"闇の祝祭"とでも言うんでしょうか。
その祝祭をリードする司祭のトシ丸マスターが酒精の力で、異空間にさらにパワーを吹き込み、信徒たちの魂を解放する・・。そんなイメージでしょうか。
そうなると、美和子さんは、巫女が役どころ・・・ですが、慈母というか地母神でしょうかね。(神さま自ら、エイヒレを焼いたり、イカの丸焼きを作ったり、いつもご苦労様さまです。いつぞやは、ゲロ掃除までも・・)
でも、そうなると「それじゃ、生贄は何なんだあ!?」という質問が飛んで来そうです。
答えは、・・・・どうぞ皆さん、胸に手を当てて、よおくお考え下さい。
現在は、司祭は、酒精断ちの修行に入っておられるようですが、それはそれで五感が研ぎ澄まされ、脳細胞もリフレッシュされて、以前とは違ったカリスマを発揮しているのでしょうね。まあ、そんな訳で。
取りとめもない思い出をつらつらと書き連ねてまいりましたが。再び、ニ十五周年に拍手、拍手、大拍手、大大拍手うーー!!!
結婚10年目にして、やっと新米パパになった当方としては、なかなか顔を出せませんが、蔵人の半永久的な継続と、美和子さん・トシ丸マスターの末永い幸せを願ってやみません。
とにかく、身体だけは気をつけて下さい、モー、大変なんすから。アタシが、こーやったら笑ってください。パンが大好きな動物ってなぁ、何だい?パンだー。いかん、いかん。最後の最後に、故林家三平師匠にチャネリングしてしまった。感動的に締めくくろうと思ってたのに。
成人した息子を伴い、蔵人を訪れる日を夢見つつ。
◆ここまでお読み頂いた奇特で感性豊かな、素晴らしい蔵人ファンの皆様へ◆
投稿作品のリストの中に、私こと朝飲む作の連作小説「蔵人にまつわるエトセトラ エピソードTダンス奉行伝説」が入っています。
これは、蔵人を舞台に巻き起こる、あるいは蔵人に通うお客たちが遭遇する「街のフォークロア」(ちなみに、ほとんど実話)を小説化したものです。
閑があったら、お読みください。
次回作に登場するのは、貴方かも!?By 朝飲む