披露宴(疲労宴!)から25年過ぎて
「古河さん、また僕の部屋にごみ放らんといてや!」
「アホ言え、おぬしの部屋はもともとゴミだらけなんやから、少々ゴミが増えたくらいでギャーギャー騒ぐな!」
とトシの部屋によくゴミをほかしに行ったものでした。
何故かというと、単に独身寮の3階の小生の部屋からゴミのダストシュートまで行くのが億劫で、1年後輩の彼の部屋は隣室で、もともと巨大なゴミ箱そのものだったから、丁度都合が良かったわけです。
という、旧制高校の寮みたいな寮生活を彼とともに1年数ヶ月過ごしているうちに、いろいろあって、彼が会社をやめる こととなり、ゴミ箱の利便性がなくなるのは残念だけど、まあしょうがないと思っていたところ、やめた彼からしばらくすると、
「古河さん、今度、店を新宿にだすこととなり、名前も検非違使と並ぶ、渋い名前をつけることに決めたんや。ついては、少々金貸してや!」という厚かましい手紙が、舞い込みました 。
まあ、変な宗教団体の勧誘よりは、ましかなと思って、ボランティア精神で若干用立て送金しました。
その後、折角出資(?)したのだからと思い、新宿の蔵人に出入りするようになり、結婚式の後の親しい友人達を招いての蔵人での披露宴も、美和子さんと家内でカウンターの中で一緒に料理を作ってくれたのもよい思い出です。
その後、通い続けるうちに美和子さんのお父さんの友人で、私と同好の乗馬一家も紹介いただき、 乗りにいったりしたこともあり、また私の家族、友人たちは一通り蔵人に案内しました。
今もコンピューターメーカー勤務の義弟が時折、お邪魔しているようで、ご無沙汰しきりの小生の顔を何とかつないでくれています。
あれから25年、早いもので、先日は大学生の愚息を案内して、新宿歌舞伎町での緊急避難所に指定しました。
「トシ君、美和子さん、アクセス14000人目のボトルプレゼント、ありがとさん。近々、女房、子供を 連れてきて、25年後の疲労宴をやるから、一番いいボトル用意しといてや!」
それから一つ、美和子さんに質問。
「どうしてそんなに、客の名前と顔を覚えられる? 何か秘訣はあるのかな? たとえば、秘密のノートがカウンターの中にあるとか・・・・」古河 雄二(50歳 保険会社勤務)