25年目の春
言われなくても忘れもしない、蔵人開店25周年。
俺よりも1年先に最後の高度成長風に乗って財閥系損保に入社、 エリート街道まっしぐらの期待を一身に集めていた松本が、 何を思ったか、その道を捨てて、スナックの店主になると聞いたときの 驚きというか、あほらしさというか。
会社ではまだ新入社員と呼ばれていた私にとって その転身は信じられない出来事だった。
まともに就職することが一種の罪悪感を伴う決断であった我々の世代は、 逆にその原罪があるからこそ、就職した暁にはもう諦めて、サラリーマンとして 自虐的にでも生きていくのだと思い定めている部分があった。
松本の暴挙は、その諦観を再度見直すように迫るようなものであったことは 同世代の古き常連客にはわかっていただける心境ではないだろうか。
羨ましいとまでは当時思わなかったものの、 (ということは、今は少々羨ましい気がしないでもない、ということだが) 何とも言えぬその思い切りの良さは、日頃の松本とも思えなかった。
今よりもっと狭かった先代の「蔵人」には、よく通った。
独身で身軽だったこともあるが、 なにより、松本の店が成り立ちゆくのか 好奇心半分と使命感半分で、友達と飲み明かしていた。
学生時代の名残で、ボトルはホワイトと決めていた。
そう長くはないサラリーマン生活から抜け出した松本は 我々の目から見れば、学生時代の松本に戻ったようなだけで 別に何の違和感もなかった。
まるで学生時代のような議論も、色恋沙汰も みんな「蔵人」のカウンター越しに松本に見られていた。
気にもしなかった。
今の店に移ったころからだろうか? 松本の視線を意識するようになったのは。
「こいつは俺達を定点観測している。」 、「歌舞伎町の地下に潜って、太陽の光やオフィスの空気を吸わないことで 精神の経年変化を免れて、俺達の変質を見ている。」
カウンターで松本の隣に座っても 心のどこかで、そんなつぶやきが聞こえてくるようになった。
店の客も若くなってきていた。 自分がひどく歳をとったような気分になって、少し足が遠のいた。
今年、私は50歳。 生きてきた時間の半分は、「蔵人」の時間と重なっている。
ひどく無精な常連になってしまったが、 「蔵人」の階段を下りていく時を楽しめるようになってきた。
店に入る。カウンターに座る。 ビジネス言語の標準語チャンネルから 個人モードの関西弁チャンネルに切り替わる。 そして「おう、ひさしぶり」という松本の声を聞く。
松本は、別に仙人でも何でもない。
「蔵人」という店の中にも25年という時間が流れ去っている。
ただ、「蔵人」の少々どぶ臭い空気の中で松本に会うと ほんの少しだけ、若返った気分を味わえるような気がする。
松本の中で流れた25年の時間の流れが こっちから見れば、ちょっとゆっくり流れていたように思えるからか?
いや、それはこっちの勝手な思いこみだろう。 むしろ、下界より早かったのかもしれない。
老けた松本を見れば、こっちはますます若返りを感じられる。
さて、今度は誰と行ってみようか>
昔の仲間を誘おうか、若い女の子を連れて行こうか。
近々、病み上がりのスリムな松本を見に行くよ。奥 浩一郎(49歳 広告代理店勤務)