私と蔵人

蔵人の25周年おめでとうございます。

私が、初めて蔵人に行ったのは、確か1982年初夏。

電通マンから霞ヶ関官僚に異例の転身をしたことで新聞にも取り上げられた先輩に連れられ、同僚2、3人と「当省の若い衆」として紹介されたのが初め。

「ひねた若い衆やのう」というのが、みやこさん(本当は「みわこ」さんだとか)の第一声でした。

あれから20年も経ったのかとあらためて驚いています
(今頃は年相応に見られるかというと、やっぱり年上に見られます。)。

当時は私も23歳。

やっぱり若くて元気だったなあと思います。

住まいが中野富士見町にあったので、役所で12時過ぎまで仕事をした後、丸の内線の最終便に乗って新宿駅で途中下車。

蔵人に立ち寄っては居合わせた他の客といろんな話をし、時には閉店まで居て方南町に住んでいたマスター夫妻と一緒に帰ったりしていました。

蔵人のお客さんには前衛的な芝居をやっている人や広告代理店の人なども多く、自分の世界とは違った話が聞けて大いにおもしろかったです。

何があるという店でもないのですが、なんとなく行くとマスターやみやこさんが話し相手になってくれる。

しかもご両人は言わずと知れた博識、見識の持ち主とあって、馬鹿話から政治、経済、芸術の話まで十分に応じていただけるところが、歌舞伎町で25年も続いた理由でしょうね。

30年、40年、50年を目指して頑張ってください。

Y.T(霞ヶ関2丁目勤務)