歌舞伎町通信

(画面の上のモノほど新しい日付になっています。)

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99年8月16日

さて、僕達は早々と夏休みを取って8月の8日から11日まで、アルバイトの女性とその友達と、蔵人の昔からの常連である男性との5人で、山形の姥湯温泉という所に行って来ました。

姥湯温泉というのは、山形県の福島よりの、吾妻山中にある温泉で、JRの峠駅という所から、宿の送迎バス35分(路線バスは通っていない)の所にある、文字通りの秘湯です

僕達が泊まった桝形屋旅館の露天風呂(勿論混浴)は、両側を山に挟まれた谷底にあり、標高1250メートルの露天風呂から眺める満天の星空は、歌舞伎町のネオンに馴染んだ目には、とても新鮮でした。

その宿を拠点に、近隣を散策したり渓流で水遊びをしたりして、2日間を過ごした後に、僕達夫婦は他の3人と分かれて、会津若松に向かいました。

(それにしても、芝居関係の連中というのは、文字通り寝る間も惜しんで遊ぶので、二日間ですっかり寝不足になってしまいました。まあ、そんな連中と付き合って歳甲斐も無く、夜遅くまで起きていた僕も悪いのですが、僕達の場合、国内旅行は時差があって、そうそう早くは眠れないのです。)

会津若松は5月の連休にも訪れたのですが、その時から会津藩の歴史や、白虎隊に興味持ち、早乙女貢の「会津士魂」(この本は、文庫本で13巻巻という、とてつもなく長い本です。)を始め、何冊かの会津関係の本を読み出した美和子さんが、是非もう一度行ってみたいという事で、今回も訪れてみました。

多少でもその土地の歴史などに関する予備知識があると、ただ街をブラブラしているだけでも、最初の時とは叉違った視点で街並や建物などを眺められて、それなりに面白かったです。

姥湯温泉は、自然に恵まれた良い温泉なので、皆様方も機会がありましたら、是非一度行ってみて下さい。(詳細は旅と温泉にあります。)

宿までの山道はかなり急カーブが続くので、運転に自信がない方は、車では行かない方が良いと思います。実際、僕達も、カーブを曲がりきれずに林に突っ込んでしまった車を見ました。それから、桝形屋旅館は、11月から4月までは休業です。

という事で、では、では。



99年2月12日

皆様、お元気でお過ごしでしょうか?
またまた、一部の人達には長い間、メールを書かなくて、申し訳ありませんでし
た。
それと言うのも、年末から、美和子さんと代わる代わる風邪を引いて、やっとそれが直ったと思ったら、恒例の確定申告の季節で、一年間溜まりに溜まった帳簿類を、少しずつ片付けたりしていたのです。

風邪の方は、僕はたいした事はなかったのですが(もっとも、なかなか直らないのに腹を立てて、エーイ荒療治だ!とプールに出かけ、かえって悪化させたりしましたが・・・トホホ、年は取りたくないなあ)、美和子さんの方は、暮れの30日の夜から40度もの熱を出して寝込んでしまいました。

何しろ彼女が熱を出したのは、小学校のとき以来だそうで、(勿論結婚以来始めてのことで)どうして良いのか分からない僕は、とりあえず彼女を寝かし、彼女名義の生命保険証書を探し出し、死亡保険金の欄を見てみましたが、病死の場合はたいした金額にならないことが分かり、”こりゃ大変だ”と、次の朝、早速救急病院を探し、治療を受けさせました。

(あの時、彼女の保険金額がもう少し高かったら、多分僕は、部屋のクーラーを最強にして、出かけてしまった事でしょう。皆さんも生命保険は、ホドホドにしておきましょう。)

それから、正月には奈良の実家に帰ったのですが、その時20数年振りに、大学時代の知り合いの女性と会いました。

彼女とは、卒業以来音信不通だったのですが、インターネットに”この指とまれ”と言う、ホームページがあって、そこで自分の出身校(小、中、高、大学など)の所に登録すると、他に誰が登録しているかが分かり、知り合いがいたらメールを出せるのです。

僕も以前から登録していたのですが、最近登録した彼女が、僕の名前を見つけてメールをくれたのです。

もし皆さんもそのホームページに興味があれば、下記のアドレスにアクセスしてみて下さい。懐かしい人のメールアドレスが分かるかもしれません。(僕は、決してそのホームページの回し者ではありません。念のため)

この指とまれ。
https://yubitoma.sphere.ne.jp/tomare/

P.S・・・このメールを読まれている女性の方へ。
 
”マスターにチョコレートを送って、豪華景品をゲットしよう、キャンペーンのお知らせ。”

今年のバレンタインデーは日曜日なので、残念ながら蔵人は営業していません。
そこで、マスターに、チョコレートを郵送なさろうと言うという奇特な方がいらっしゃいましたら、下記の住所で受け付けています。
抽選で、豪華景品を差し上げます。

あて先・・ 中野区本町(以下略)

1等・・・マスターと二人っきりで行く、一泊二日の豪華温泉旅行。(但し、年齢制限あり)
2等・・・・マスターと二人で過ごす、都心有名ホテルの一夜(同上)。

イカン、これでは体が持ちそうにないゾ

と言うことででは、では。


98年8月17日(韓国旅行記その2)

さて、疲れ果てた僕たち二人は、とりあえず空港内のレストランで食事をしながら>善後策を練ることにしました。

最初はソウル市内でホテルを探して一泊しようと言うことになったのですが、途中で美和子さんが、彼女のハングル語の先生の、スンアと言う女性が、夏休みを利用して仁川(インチョン)の両親の元に帰っていることを思い出したので、とりあえず彼女に電話してみることにしました。(彼女とは日本でも時々一緒に食事をしたりしている間柄なので)

あいにく彼女は外出中でしたが、彼女が実家に帰っていることが確認できたし、空港からの距離も仁川の方が却って近いぐらいなので、結局僕たちは仁川に向かうことにしました。

仁川には地下鉄と電車を乗り継いでいったのですが、雨の影響でダイヤが大幅に乱れていて、やっとやって来た電車は日本のラッシュなみの混雑ぶりでした。
そんな状態の電車に、大きな荷物を抱えて乗り込んだのですから、本来ならひんしゅくものなのですが、韓国の人たちは優しくて、隣の青年は僕の荷物を網棚に載せるのを手伝ってくれるし、前に座っていた中年の女性は、美和子さんの荷物を膝に載せてくれるわで、僕たち二人は、ただ感謝、感謝でした。

何とか仁川にたどり着いてホテルを見つけた僕たちは、再度スンアの家に電話をして見ましたが、彼女がまだ帰っていなかったので、彼女の母親に事情を話し、彼女が帰ったらホテルに電話を貰うように頼みました。(ちなみにこれらはすべて美和子さんの担当でした。)

翌朝7時頃、ノックの音で目を覚ますと、ドアの外にスンワが立っていました。
彼女の話によると、明け方近くまで飲んで、家に帰って寝ていたところを父親にたたき起こされ”日本から来た友人が困っているらしいから、すぐにホテルに行ってやれ”と言われたとのことでした。

どうも美和子さんの伝言が上手く伝わらなかったようなのですが、日本のお父さん達には羨ましいかも知れませんが、韓国では未だに父親の権威が絶対的な家庭が多く、彼女も父親の命令に逆らえず、良く事情が分からないまま完全な二日酔い状態でホテルにやってきたのでした。

ひとまず彼女をベットに寝かせ、僕たちは着替えを住ませた後、前日の親切な姉ちゃんの忠告に従って、大韓航空に電話を入れました。

返ってきた答えは、皆様のご期待どうり”午前中の束草行きの飛行機は飛びません、午後の便も飛ばないかも知れません”と言うものでした。
(これで無事飛行機が飛んだら、面白くもなんともないですもんね。)

それでもう、束草方面を諦めた僕たちは、日本を発つ前に、蔵人の客の一人が、この時期に、ソウルから二時間くらいの所にある、春川(インチョン)と言う町で行われる野外ジャズフェスティバルにスッタッフとして参加しているので、時間があったら見に来ないかと言われていたこともあって、彼に連絡を取ってみることにしました。

幸いにも彼とはすぐに連絡が取れ、春川も天気は悪いけれど、フェスティバルは行われているし、今日が最終日なので是非見に来てくれとのことでした。
やっとやることが見つかったと喜んだ僕が、時間や場所を確認し、電話を切ろうとした時彼が”所でマスター達は今どこにいるの?”と聞いたのです。

僕が、仁川のホテルにいることを伝えると、彼が答えました。
”えっ、仁川、それは残念だ、そっち方面からの電車は、全面運休中で、復旧のめどが立ってないはずですよ。じゃあ又日本で会いましょう、ハ、ハ、ハ

またまた長くなったので、後の経過を簡単にお伝えすると、その後も色々とむなしい努力を続けた後、すべて諦めた僕たちは、昼過ぎにスンアと一緒に、ソウルから特急で一時間半ほど南下した太田(デジュン)と言う街から、さらにバスを乗り継いで2時間ぐらいの所にある、スンワのおばあさんの家(おばあさんは既に亡くなっているので、現在は無人となっている)に向かいました。

その家は、店が一軒もない山あいの小さな集落にあって、トイレが家の外にあり、庭には馬小屋や豚小屋があると言った、昔ながらの農家でしたが、その家や周りののどかな風景をとても気に入った僕たちは、途中の町で買った食料で自炊しながら、近くのお寺も訪れたり、スンワのおばあさんの友達だったという、その村から更に山道を30分ほど行ったところある草庵で、何十年も一人で暮らしている90歳近い女性の所に遊びに行ったりして、丸2日間をその家で過ごしました。

そのおばあさんが言っていた、”動物たちや虫たちや、草木もみんな友達だから、寂しいと思うことはない”、と言う言葉がとても自然に聞こえ、人間相手でも、”こんな奴とは友達になりたくないな”、と思うことが間々ある僕としては、少しだけ反省しました。

と言うことで、今回の結論は、”旅も人生も、着いたところが目的地”(平たく言うと、行き当たりばったり)と言うことです。

では、では。



98年8月13日(韓国旅行記その1)

今回、4泊5日の日程で、韓国の東北部(江原道)にある、束草(ソクチュ)、江陵(カンヌン)の2都市とその周辺の幾つかの観光地を訪れる予定の僕と美和子さんは、8月8日12時10分発の大韓航空機で成田を発ち、3時少し前にソウル空港に到着しました。

空港での入国審査や両替などを済ませた後、、5時10分の束草行きの飛行機に乗り変えるために国内線の受付カウンターに行き、予約番号を伝えた僕たちに対して、かえってきたのは”あなたの乗る予定の飛行機は、雨のために飛ぶことが出来ません”と言う、係りの女性の片言の日本語でした。

”こら姉チャン、可愛い顔をして、なんちゅう事をいうんや”、”これは、束草行きの最終便やぞ、それが飛ばなかったら、せっかく美和子さんが立てた完璧な旅行計画が、最初から狂ってしまうやないか”
大阪弁は変換しにくいなあ)

と思わず僕はそう抗議しようと思いましたが、片言の日本語しか話せない相手に、僕の正統派の大阪弁が通じるわけもないし、抗議しても飛行機が飛ぶわけでもないので、すごすごとカウンターから引き返し、空港のベンチに座り、美和子さんと善後策を練ることにしました。

そして二人が出した結論は(本当は美和子さんが一人で考えたのですが)江陵、束草間は車で2,3時間なのでとりあえず、江陵まで飛行機で行こうというものでした。(江陵行きの最終便は6時30分なので)
そう決めて受付カウンターに戻った私たちに対し、さっきの姉チャンは”その飛行機が飛ぶかどうかはまだ分かりません。6時にもう一度ここに来て下さい”と、またもや片言の日本語で答えるのです。

待つこと2時間、空港内の喫茶店で時間をつぶし、6時少し前に再度受付カウンターに戻った私たちを待っていたのは、”飛行機は飛ぶことが出来ません”と言う彼女の返事でした。
そして、仕方なく次の日の朝一番の飛行機を予約した私たちに、彼女は親切にも、”明日も飛行機が飛ぶかどうか分からないので、朝になったら電話して下さい”、と付け加えてくれました。

確かに先週の中頃から、韓国の東北部は記録的な豪雨に見舞われ、各地で大きな被害が出ていることは、日本にいる時にCSのニュースで見て、僕たちも知っていましたが、まさか土曜日になっても飛行機が飛ばないほどひどい状態とは思いもしませんでした。

ずいぶんと長いメールになってしまったので、興味のない人には申し訳ないので、8月8日(土曜日)6時30分、韓国旅行初日からトラブルに見舞われ、睡眠不足のまま、金浦空港で呆然と立ちつくす僕たち二人が、その後どうなったのかを知りたい人は、返信を下さい。
続報をお知らせします。




98年1月5日

僕の方は31日から美和子さんと一緒に、奈良の実家の方に帰って来ました。

1月2日には、ここ数年恒例になった感のある、初詣兼ハイキングに出かけました。今回は奈良県と京都府の境にある、当尾(とうの)の里と言うところを訪れ、岩船寺と浄瑠璃寺を中心にその付近に点在する石仏を幾つか見てきました。

2日の日は天気も良かったし、当尾の里はとてものどかなところで、石仏巡りをしながら人気のない山道を歩いていると、不況やビッグバンなどは、どこか別の世界で起こっている出来事のような気がしました。

浄瑠璃寺は1047年に創建された真言律宗の寺で、細長い本堂に安置されている九体仏(九つの阿弥陀如来像を一列に並べたもの)は、藤原時代には京都を中心に盛んに作られた形式のものですが、現存するのは浄瑠璃寺のものだけらしいです。(なかなかの迫力で、荘厳な気分になりました)
その他、年に数回しか開扉しないという秘仏の吉祥天女像や、九十年ぶりに奈良の博物館から里帰り中の馬頭観音像も同時に見ることが出来ました。
皆さんも機会があれば、是非ごらんになって下さい。

と言うわけで、僕の方は忙しいお正月を送った人には申し訳ないほど、穏やかでのんびりしたお正月を過ごしましたが、今年もよろしくお願いします。


97年11月3日

一部の人には長らく、ご無沙汰して、申し訳なく思っています。
このところ急に寒くなりましたが、皆様お元気ですか。

僕の方は先週の中頃から少し風邪気味だったのですが、こんな時は荒療治に限るとばかりプールに出かけたところ”年寄りの冷や水”で、すっかり風邪を引いてしまいました。
もう無理がきく年ではないと、つくづく反省しました。

ところで、例の”不夜城”の馳星周の第二弾の”鎮魂歌”が出ましたが、今回の作品も、歌舞伎町を舞台にした中国マフィアと台湾マフィアの抗争の話ですが、こんな本を読むと、歌舞伎町に足を運ぶのが怖くなるかも知れませんが、蔵人の方は相も変わらず健全に営業しています。

また僕自身はまだ読んでいませんが、村上龍の新作の”インザ ミソスープ”という本も、新宿を舞台にした本らしいです。

歌舞伎町というのは、靖国通り、西武新宿駅前通り、職安通り、そして区役所通りで区切られた、わずか数百メートル四方の区域なのですが、靖国通りからコマ劇場までが、歌舞伎町一丁目で、コマ劇場から大久保よりの地域が歌舞伎町二丁目で、一部では”ディープ歌舞伎町”と呼ばれています。

僕も最近は、ディープ歌舞伎町の方には殆ど足を運んでいませんが、蔵人のお客さんの中にも、束の間の快楽を求めて足を運び、あえなく討ち死にしてしまう人もタマには居るようです。(誰の事やろ)

ほかに本の方では、前にご紹介した”三度の海峡”の著者の帚木蓬生の”逃亡”というのが、戦時中に香港で憲兵をやっていた男の祖国引き揚げと、それに続く戦犯としての逃亡生活の話で、読み応えがあって面白かったのですが、上下二段組、600ページあまりの大作なので、通勤途中で読むには少々かさばります。

今年の乱歩賞受賞作、野沢尚の”破線のマリス”はテレビ局の報道番組の内幕物でマアマアの出来でした。

映画の方は、知り合いのプロデューサーが香港から輸入した、”喝采の扉”という広東劇の主役を主人公にした映画が、渋谷のシネアミューズというところでやっているので、それもよろしく。(これもマアマアです)

それから、僕はこのところインターネット上での麻雀の通信対戦にはまっているのですが、暇と興味があり、詳しいことを知りたい方はメールを下さい。



97年8月13日

僕の方は、一足早く夏休みをとって、8月9日から美和子さんと一緒に3泊4日で韓国に行って来ました。

美和子さんが韓国語の勉強をしている関係で、韓国にはこれまでも何度か行きましたが、今回は昔、百済という国のあった忠清南道の、大田、扶余、公州辺りを回ってきました。

ソウルから大田に向かう途中の、天安という街の郊外にある独立記念館という所を今回初めて訪れてみましたが、ここは広大な敷地に建てられた、韓国の歴史博物館のような所なのですが、1987年に日本の教科書問題をきっかけに、国民の寄付によって建てられたという設立の事情もあり、日本統治下の時代の写真や文書などが展示されているほか、日本軍の残虐行為を再現した、ロウ人形や絵画なども多数展示されていて、終戦記念日を前に色々と考えさせらました。

大田では、郊外にある鶏竜山という山にハイキングがてら出かけたのですが、大したことはないだろうと、水も食料も持たずに行ったら、これがとんでもない間違いで、炎天下の岩だらけの山道を、飲まず食わずで5時間余りも歩くことになってしまいました。

途中で何度もめげそうになりましたが、縦走コースなので引き返すわけにもいか無いし、行き倒れでもして、5000万も加入した某海上の海外旅行傷害保険が相手の懐にはいるのも癪なので何とか歩き通しました。

美和子さんも多分同じ事を考えて歩き通したのだと思います。


97年2月24日

この所、寒い日々が続いて、蔵人のお客さんの中にも風邪を引く人や、風邪がなかなか抜けきれないで困っている人が増えていますが、飲み屋をやっている僕が言うのも何ですが、体調の悪い時ぐらいは、酒なんか飲まずに、真っ直ぐに帰って早く寝れば良いのに、皆さんなかなかそうは行かないみたいです。

所で、皆様方は元気でやってらっしゃいますか。
僕の方は何とか元気にやっていますが、今は丁度、年に一回、僕が日本国の国民であることを、否応なしに自覚せざるをえない、魔の”確定申告”の時期なのです。

今日も、昼からずっとパソコンの前に座って、溜まりに溜まった一年分の売上げや、領収書の類をパソコンに入力しているのですが、さすがに飽きてしまって、後方の美和子さんの ”売上げの方の集計だけでも早く出してくれないと、私の方の作業が進まないじゃないの”という声と、前方の画面の下の方で最小化されたロータスのアイコンの ”早くワシを元のサイズに戻して入力を続けんかい”という視線に挟まれながら、一種の現実逃避的な心境で久しぶりに”歌舞伎町通信”を書いています。

思えば何年か前、初めてパソコンを買って、表計算ソフトという物を手に入れた頃は、用もないのに、過去何年かの売上げを入力して、グラフを作ったり、曜日別の売上げを出したりして遊んでいました。

多分あの頃が、僕とロータスとの蜜月時代だったのかも知れません。

それが今では、全くの倦怠期に陥ってしまって、最低限必要な数字の入力する事すら面倒になってしまっています。やはり男という物は、新しいソフトに目がいく物なのでしょうか。(これはあくまで、僕とロータスの関係の事で、他意はありません。)

それから、前回の”蒼穹の昴”及び”不夜城”を読んで感想を送って下さった方々、どうも有り難うございました。

今回も、本の話題を一つ。
実は去年の終わり頃から、知り合いに勧められて、”隆慶一郎”という人の、時代小説を読み始めたのですが、すっかりはまってしまって、彼の今まで出版された10冊余りの小説を、一気に読んでしまいました。

彼については、既にご存じの人も多いと思いますが、小林秀雄の元でフランス文学を学び、大学でフランス語の教壇に立ち、ついでシナリオライターに転身、一時代をきづいた後、60歳を過ぎてから、小説を書き始め、僅か5年の作家活動で、未完の作品を含み、10作余りの作品を残し死んでしまった人ですが、彼の作品の中で、とりあえずの僕のお薦めは、”吉原御免状”と”影武者徳川家康”(いずれも新潮文庫)です。

今まで時代小説に興味がなかった人にとっても面白い作品だと思います。
それからもう一つ、2月22日から東京ドームで開催されている、国際蘭展の招待状が何枚か手元にありますので、興味のある方はご連絡下さい。


96年12月1日

いよいよ今年も後一ヶ月になってしまいましたが、皆様お元気でお過ごしですか。
僕の方は、先週ひいた風邪が治りきっていませんが、何とかやっています。
先ずは、前回お知らせした”週間ダイアモンド”の記事の反響からお知らせします。例の記事が出てからおよそ一か月。

その間にあの記事を読んで、蔵人に足を運んで下さったお客は30人あまり
但し雑誌の性格上その殆どが、40代50代の企業の管理職風の男性客ばかりで、

週間ダイヤモンドを見てきたという、若い女性客は皆無でした。
と言うわけで、蔵人の客層のオジサン化が一層進んでしまう結果になってしまいました。

やっぱりどうせ載るなら、HANAKOのような若い女性向きの雑誌がいいですね。(どなたか良い方法があったら教えて下さい。)

それから11月は、”ふるさときゃらばん”と言う劇団の芝居と、イングリット ヘブラーと言うピアニストのコンサートへ行って来ました。
”ふるさときゃらばん”というのは、もう十年来全国津々浦々を旅している劇団で、素朴な中にもパワーあふれる芝居を見せてくれる劇団ですので、機会が在れば又見て下さい。
ピアノのコンサートの方は、知り合いの人に招待券を貰ったので、柄にもなく行ってみました。

次は本の話題ですが、今評判の朝田次郎と言う人の”蒼穹の昴”(講談社)は清朝末期の中国を舞台にした小説ですが、西太后や李鴻章といった歴史上の実在の人物もたくさん登場してなかなか読み応えのある小説でした。
上下2巻とボリュームのある本ですが、正月休みなどを利用して読んでみる価値のある本だと思います。

もう一つは馳星周という人の”不夜城”という本ですが、新宿歌舞伎町の裏の世界を描いたという紹介文に惹かれて読んでみましたが、香港、台湾そして大陸系のマフィアグループが歌舞伎町を舞台に対立、抗争を繰り広げるというのが大まかなストーリーなのですが、一昔前ならこの種の話は香港を舞台にしたものですが、それが今では、歌舞伎町を舞台にしてもなりったてしまうと言うところに、歌舞伎町で店をやっている当事者としては感じるところがありました。

今のところメール版ランダムの方は歌舞伎町通信という僕の方からの一方的な発信の形になっていますが、ゆくゆくはメールを媒介とした交流会のような形に持って行きたいと思っていますので、皆様方の方でも何かニュースや、情報(例えばこれに関することなら僕に聞いてくれとか、これを買いたいときには私に言ってくれとか、今度自分の会社や仲間でこんな事をしますとかの様なもの)があればお知らせ下さい。



96年10月10日

この所、新しいパソコンゲームにはまったり、エクスプローラー3.0をダウンロードしてその使い勝手を試したりしていたので、一部の方々に対しては、暫くご無沙汰をしてしまい申し訳有りませんでした。

既にご存じの方もあると思いますが、現在発売中の週間ダイヤモンド10月12日号の、”課長の推薦この一品”と言うコーナーに、蔵人の水餃子の事が取り上げられ、蔵人は遂に、水餃子の店としての地位を確立してしまいました。

又、岳真也と言う人が書いた”われら団塊の世代”(自由国民社、7月20日発売)と言う本の中に美和子さんのことが出ていますので、時間の有る方はお目通して下されば幸いです。

それから宣伝ついでにもう一つ。

僕の大学の先輩であり、長年の友人でもある作家の軒上泊(けんじょうはく)さんの新刊が10月7日に中央公論社から出ました。
”夜の走者”と言うタイトルのミステリーなのですが、何分売れない作家なので、皆様方の暖かいご支援をよろしくお願いします。

(早い話が、時間とお金に余裕のある人には彼の本を、買ってあげて欲しいと言うことです。)
今回は宣伝一色の内容になってしまいましたが、お許し下さい。


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